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回想も夜半を過ぎて
ベルリンの空撮の長回し 航空機内のブルーノ・ガンツはわずかに外斜視 ピーター・フォークはかなりの内斜視 オープンカーの展示車に乗って二人の天使が 自由について また真摯について語り 図書館の天使たちは 訳ありげに視線を寄越す ようするに私は 週末の夜 寝ることに失敗して ネット配信の映画を 私が若い頃にビデオを借りて観た映画を 泥酔しながら観ている 酔っているので 難解と言われる脚本も 少しわかる気がする 人生の折り返し地点も とうに過ぎて 私の持ち時間はこのように空費されていく 同じ映画を二回観るような そのような形で 隴西の李徴は性狷介にして自ら恃むところ厚く 賤吏に甘んずるをよしとぜず 故山に帰し詩作に耽った 詩家としての名を後世に遺そうとしたのだ やがて李徴は発狂し虎と変じ山野に身を伏して たまたま通りがかった旧友に そのときまだ覚えていた自作の詩を どこか研鑽に欠けたふうな詩を 書き執らせた 私にも若い頃に作った詩のいくつかに 今もなお遺されたものがある およそ次のようなものだ 〈 春の日の芝生を猛進するハサミムシ君に捧ぐ 〉 陽の当たる芝生の中を ハサミムシ君が 見え隠れしながら非常な勢いで 疾走する その無軌道かつ壮烈な走りっぷりは おれを感動させるのだが 君が真っすぐに走っているつもりで 悪路のために紆余曲折するのか それとも最初から直進するつもりがないのか その辺はよくわからない 根拠の無い自信に満ち満ちて目的地に突進しているようにも見え あわてふためき何もかもかなぐり捨てて遁走しているようにも見え 人はそれぞれわが身に引き寄せた解釈で君を観察するだろう しかし実際には 君の活躍の原動力は春の陽気で上昇した気温であり 気温の上昇で代謝の速度が上がるのは君の昆虫としての業なのだ その業を背負って やむにやまれぬ焦燥を 疑問に思うでもなく 不満に思うでもなく ただありのままに受けとめて爆走している そんなハサミムシ君に 何かいいことがありますように すべて369字 わずか812バイト 御覧の通り やや研鑽にかけるふうな 幼く また拙いものだ 読み手の皆様は ついうっかり 初老の男が若い頃に作った過去作を 読まされてしまった いっぱい食わされたということになる このようにネットの海に放流しておけば あるいはこの詩も少しは その寿命を伸ばすかも知れない 私の回想は夜半をとうに過ぎて 夜は明け やがてこの雨も止む 私の回想はネットの海を少しのあいだ彷徨い また沈み そのうち忘れてもらえることだろう
回想も夜半を過ぎて ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1146.0
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2021-07-03
コメント日時 2021-07-26
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
コメント入れによって掲示板上部にあがる。これは作者の思惑ではないだろう、と思いつつ…… この作品は、「見ている映画」→「山月記のくだり」→「『春の日の芝生を猛進するハサミムシ君に捧ぐ』という作中作」→「作中作への感想、詩の寿命、詩の死(忘却)」といったテーマの移り変わりが見て取れます。どれか一つくらい抜いたって問題ないだろうと思って読んでみたものの、それをやると作品として成立しなくなることに気が付きましたし、この中にあるすべての言葉が、すべてのエピソードが、ここにあるべきとさえ感じました。 >このようにネットの海に放流しておけば >あるいはこの詩も少しは >その寿命を伸ばすかも知れない この部分、読んでいて「それは詩にとって本当に幸せなことだろうか?」と考える、貴重なきっかけになりました。
1矢張り重層な構造にはっとしました。作中作も単なる自虐ネタとは思えない。中島敦のくだりは高校時代を思い出しました。味読三読二読する詩であろうかと思いました。
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