いつものように きみの部屋を訪ねたとき
きみは消えていた。
サナギから蝶になる瞬間に
ぼくは立ち合い 渦巻き回転する時間があって
きみは蝶になった そして
蝶になったきみは
ぼくのもとから 飛び去って行く。
蝶になるきみのⅩ 叫び声は聞こえなかった。
きみは青いジグザクのイメージだけを残した。
ただぼくがぼくであるためにやってみたことは
スマホ画像を過去から順に一つ一つ拡大して
きみを見つめなおすこと きみを削除すること。
蝶になったきみのⅩ
隠れ潜んでいる蝶になるまえのきみのⅩ
ぼくは寝苦しい夜に 何度も目を覚まし
何杯も 何杯も きみの夢を飲み干す。
スクランブル交差点を急ぎ足で渡ると
あの時のきみの笑顔が見えてくる。
ぼくが時を巻き戻すことができるなら
あの夏を呼んでみたい。
季節と 輝く約束を交わしていなくても
夏草の繁茂するあの夏を呼んでみたい。
きみと行った植物園のミズバショウ池に
いまでも記憶とともに浮かんでいるぼくは
じっと前を見つめ そっと息をする。
きみはまだサナギで
風のそよぎも、肌を濡らす小雨も忘れて
ぼくの横でぼくの腕をつかんだままだった。
夢の中できみの声は
渓流を大岩壁にぶつかるまで昇り
砕けて白い沈黙の波となる。
サナギから蝶になる瞬間
交錯する薄明とジニアの甘い蜜の香りが
きみの身体の中で入り乱れる。
きみが星を忘れている昼間でさえ
星は遠くきみを見つめていた。
心拍音と静寂と、明日への扉の開閉音が
植物園の館内アナウンスの後に小さく流れる。
らせん状の口吻を伸ばして
後ろを振り向くきみ
慣れない翅をひろげて
きみは飛び去っていった。
きみは忘れている
人は人が語らないことで
救われることがあることを
人は人が語らないことで
傷つけられることがあることを
後ろを振り向くきみ
蝶になるきみのⅩ