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浜辺にて
あの夜僕だけここでタクシーを降りた 恩人に哄笑を浴びせ、背を向け、見送りのお辞儀もせずに あのタクシーが恩人をぽつんと乗せてどこへ消えたのか知らない 夜のことだ、どこへでも行くがよい あるいは夜の原っぱに飛んでいったのかもしれない あなたは僕よりも、愛人の方を選んだ 仕事をした僕よりも、愛人の方を選んだ 僕は大いに笑った、笑った笑った嘲った タクシーの運転手さん、あなたはあの時背後に何を見聞きしましたか? 遊び足りない若者の情熱にも似たものに突き動かされて仕事をした僕 何もしてはならない場合があることを、僕は知らなかった 何もしないことに意味がある場合があることに気づけなかった 生きてゆくためには、笑ってもならないし、 怒ってもならないし、泣いてもならない場合があるのだ 恩人よ、あなたは確かに僕に言ったのだった、華々しいぞ しかし仕事で華々しい成果を上げることなど、しないがいいのだ 人を凌ぐことなど 独走者を見て歓声を上げるのは、余所の人々のすることらしい 夜になれば恩人よ、必ず夢にあなたが出てくる あなたとの間にあった恩愛は深く重いものだった 耳障りな交響曲が時間をつないで脳を震動させる 現実では疎遠であっても、あなたは夢の中ではまだ身近だ 忘れたいものだ、あなたの愛人が僕に向けて発した侮蔑の奇声を、 これが女ってものじゃない? しかしまあ、僕の方が先に侮蔑の礫を打ったのだったが 積もりに積もった過去というものは棘を具備している 僕だって長い過去なんかと話をするのは嫌だ やめてくれえ、と悶えて目を覚ますと、朝の光が見える 僕は外へ飛び出す、夢魔の海洋から逃れ外へ あの夜僕だけここでタクシーを降りた 今僕はその地点に立っている、一人僕だけ 陽が燦々と街路樹の真新しい緑に降り注ぎ そしてその緑は嫋々たる風に揺れている 恩人よ、あなたは知っているだろう、 僕がこういう風景を愛することを でも、この微風までがあなたの愛人と同じように告げ口するようだ、 組織にスーパースターは要らないのよね 恩人よ、女を囲った恩人よ、あなたのおかげだった、 僕が社会の一員であり得たのは、成すべき仕事があったのは 僕は一人では何もできないかもしれない、今頃になって分かった 僕は今一人ここに立っている、あの夜僕だけタクシーを降りた 場所、浜辺に。ただ僕のあなたに対する態度が、 温和でやさしくありさえすればよかったのに
浜辺にて ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1081.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2021-06-01
コメント日時 2021-06-02
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
これはなんて悲しい詩なんだ!恐るべき虚無と無力感に苛まれる。詩や作品は読む人見る人の心情の写し鏡に過ぎないとしたら、今の僕はこの詩が描こうとするところ、成果なんかより目の前の愛人を追いかける恩人に失望する話者の心情に限りなく共感出来る状態にあると言えます。ややオーバーアクトでレスしてしまいましたが、この無力感を描ききるのにモチーフも最適で良く出来た詩作品だと思います。ふるーい漫画になりますが人間交差点なるものを思い出しました。
0お読み下さりありがとうございます。 この作も、私がよくする、実体験に基づいた作です。 一人生に欠くことのできない敬慕すべき恩人が、愛人の言うことしか聞かなくなり、愛人の利益に沿った行動をするようになり、私の言うことをまっすぐに聞いてくれなくなり、事実をありのままに見なくなり、私は不当に貶められるようになりました。この愛人は、もとは互いにフェアに競争すべき私の同僚でした。 この作には前後に書かなかった話があります。今は書かないままにしておきましょう。読者の皆様にはこの作中に私が書いただけのことをまずは読まれて何かしら考えていただければと期待しておりますし、また、私が書きたかったのはどうしても詩であり、前後の話を書けば、詩を損壊する方向へ行ってしまうのではないかと危惧するからです。
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