私の爺さんは人差し指の先がない人だった
自営の工場にあったプレス機で挟んだらしい
指先はペッチャンコだったと笑っていた
笑いながら言うもんだから潰れた指先の行方を聞くのを忘れてしまった
爺さんの指先はいつもツルツルしていた
私の爺さんは片足がきかない人だった
私が生まれる前に脳梗塞で倒れた後遺症らしい
それでも車を運転してよく鯉釣りに行っていた
無口な爺さんの「行くか?」は私にとって特別な一言だった
ドボンと川面に落ちるダンゴ餌の音が今も聞こえる
爺さんが鯉を釣り上げた記憶は薄い
私の爺さんはよく居眠りをする人だった
離れた土地に住む叔母の家からの帰り道では運転中によく居眠りをしていた
一度居眠りで追突しそうになったことがあったが婆さんのお陰で命拾いした
私も同乗していたがあのスピードで何事もなく停止できたのは奇蹟だった
爺さんはなぜか助手席の婆さんを怒鳴っていた
私の爺さんはケンカっぱやい人だった
よく婆さんと痴話ゲンカをしていたが
一度魔法瓶を投げ飛ばしたのを見た
魔法瓶はボコリと凹み転がっていたが中身はひとつも溢れていなかった
爺さんの口元には米粒がくっついていた
私の爺さんは鬼の様な人だった
私の親父さんが若い頃にギターでぶん殴られたと何度も言っていた
よく追いかけ回されたとも笑っていた
それはあんたが悪いのだとは言わなかった
そんな爺さんも私にはいつも優しかった
爺さんはカンチョウをされても一度たりとも怒らなかった
私の爺さんはある日帰らぬ人になった
二度目の脳梗塞で風呂場で倒れた
見た目よりもずしりと重い爺さんを三人がかりで部屋まで運んでやった
爺さんは動けない身体になったが気持ちだけは頑丈で折れていなかった
入院先の病院では帰らせろだのなんだの怒鳴ってたと婆さんが言っていた
その割りには私が見舞いに行く日には大人しく
右手を握りまた釣りに行こうと約束をした
動けない爺さんの目頭には涙が溜まっていた
倒れてから一ヶ月で爺さんは逝ってしまった
人間の終わりはあっけないものだと知り
爺さんの残した物たちが寂しそうに見えた
私の爺さんは写真の中にいる人になった
作品データ
コメント数 : 3
P V 数 : 1300.7
お気に入り数: 1
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作成日時 2021-06-01
コメント日時 2021-06-09
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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2024/11/21 23時37分38秒現在
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突き放した書き方に、愛を深く感じます。
1くにとさん コメントありがとうございます! 祖父と過ごす時間が多かったことと、身近な人の死を初めて感じさせられた出来事でもあったので私の中でも印象が強く残っています。祖父への愛情が伝わったのは嬉しいです。
0コメントありがとうございます。 たしかに言われるとロックな爺さんでした!婆さんは迷惑してたと思いますが。
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