小学生の頃、弟とカブト虫を捕りに行った。
月もなく風もない夏の早朝
虫取り網と虫かごを持って
駅の北側にある公園へ向かった。
公園の小高い丘には
クヌギやコナラやカシの木があって
カブト虫を捕まえたことがあると
友だちが話していた。
駅のすぐ近くの踏切で
何両もの貨物を引く列車が走り去るのを待った。
私と弟は言葉を交わすこともなく
公園につながる坂道を急いだ。
クヌギから浸みだしている樹液を見て
私と弟は頷き合う。
胡桃が地面に落ちる音を待つ
栗鼠のように息をひそめて。
クヌギの木は根を広く張る広葉樹
蜜を求めてカブト虫が集まります。
クヌギの実はダルマ型の大きなどんぐりです。
爪楊枝を刺して独楽を作って遊びます。
小学生向け雑誌の夏休み特集号に、
書かれていた記事を 思い出す。
朝早く起きたこともあって
ぼんやり クヌギの木に背を持たせて
木の根元にふたりで腰を下ろしていると
「兄ちゃん、足元!」
弟が声をあげる。
下草刈りや枝打ちをして、
積み上げた草や小枝の中から
カブト虫が姿を覗かせている。
驚きを隠し
右手を そっと伸ばして
親指と中指でカブト虫の背中を押さえる。
「やった!やったね、兄ちゃん!」
弟が叫ぶ。
小学校四年生のその秋
弟は 急性リンパ性白血病と診断された。
八か月から一年にも及ぶ治療計画が
主治医から父母に説明された。
弟が入院した市民病院は
駅の北側の小高い丘の上にあって
弟とカブト虫を捕まえた公園が
眼下に見える場所にあった。
半年後
私が中学校に入学した春
弟は外泊が認められて
一時的に退院してきた。
学校は「院内学級」に転校して
学校と同じ五年生だと言った。
頭は坊主で、それがイヤだと言っていた。
中学校二年生の冬
私はクヌギの実を取りに公園へ行った。
幸運にも 落ちているクヌギの実を二個見つけて
病院に持って行った。
でも 弟には会えなかった。
弟は二日前から集中治療室に入っている。
それから二週間後
弟は亡くなった。
こんなことがあっていいのかと思ったが
棺の中に弟は横たわっていた。
嘆く母の姿を目にして
私は 母を慰めることだけを考えた。
私はいつでも泣けるから
私は弟に渡したいクヌギの実を
今も 持っているから。
それに 弟と一緒に捕まえたカブト虫の思い出も
持っているから。
作品データ
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作成日時 2021-05-07
コメント日時 2021-06-02
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2024/11/21 23時13分25秒現在
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この詩文が本当の出来事かは定かではありませんが 私にあたる人物には強く生きて欲しいと思いました。
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