待つという時間を
両手で掬ってみる。
出窓の傍らにある
アクアリウムの迷宮を
熱帯魚になって泳ぐ。
揺れる 落ちる
反転する 手探りする 反転する
光を遮る 光に向かう。
ある日、パパが熱帯魚を飼育すると宣言して、近くのホーム
センターでいろんな物を買ってきました。テーブルに残されて
いたレシートには、次のような商品名が印刷されていました。
水槽、水槽台、バケツ三個、ヒーター、サーモスタット、エア
ポンプ、ろ過装置(フィルター)、水温計、カルキ抜き、亜硝
酸試薬、蛍光灯、底砂、水草、熱帯魚網、ピンセット、灯油ポ
ンプ、シャベル(小)。
「必要になればまたその都度買いに行くから」それから一週
間、パパの働きはたいしたものだと内心感心しながら見ていま
した。日頃は証券会社で営業の仕事をしているパパだから、今
回のことは仕事にはまったく関係のないことだから、なぜかふ
と定年後に農業をやりたいと言い出して、ママと大喧嘩をする
のではと、ちらりと頭の隅っこで思ったりしました。パパは一
週間後、「熱帯魚が棲む水の環境は出来上がった。マリ、一緒
にパイロットフィッシュを買いに行こう。」とホームセンター
に私を誘いました。「初めて水槽に水を入れて熱帯魚を飼育す
る時、最初は水がすぐ濁って水質が安定しない。だから水質の
変化に強い熱帯魚を選ぶ必要がある。最初に選んだパイロット
フィッシュが、その後に棲むことになる他の熱帯魚の棲みやす
い環境を自然に作ってくれるんだ。「ネオンテトラ」「ベタ」
「グッピー」そのうちでマリの好きな熱帯魚を選んでくれ。パ
パは後の二つからどちらかを選ぶから。」私はグッピーを選び
パパはネオンテトラを選んで、それぞれ七匹ずつ買って帰りま
した。一つだけ私の仕事が決まりました。できるだけ少なめの
餌を、熱帯魚に毎日あげること。水を濁さないように餌をやる
こと。「水質が変化するぐらいなら、お腹が空いている方がま
しだ。」と、もし喋れるのなら熱帯魚はきっとそう言うとパパ
は言った。
交差点の横断歩道を渡った道路沿いにある小学校。正門から
入ったら、裏手にある校舎の、山側の教室の窓から、今日もぼ
んやりと外を眺める一日を過ごした。学校から家に帰る。アラ
ームを解除しないで、玄関のドアを直接そのまま開ける。アラ
ーム発信までの数字が走りはじめる。5秒以内に数字ボタンを
三つ押し、さらに中央のボタンをプッシュ。セーフ!今日もギ
リギリ、アラーム一発解除の裏技リスク。ママの帰りを待つ間
タブレットの宿題を終わらせ、 YouTuberの真似事で時間をつ
ぶす。
「実は、娘が、今十二歳だけど学校行かなくてさ、家で家族
の前に顔を出すのは食事の時だけ。親に話しかけもしないし返
事もしない。昔はよく笑ういい子だったのに、今ではいつも部
屋に籠もりきり。」パパの同僚の打ち明け話だとママが教えて
くれた。ママが働いている結婚式場の同僚の小学生の子どもに
も、学校行きたくない子がいるのよ。そんな年ごろかな。いろ
いろ人生あるからねえ。
私たちは同じ年ごろの熱帯魚。オートヒーターの付いた水槽
がなければ生きていけません。毎日エアレーションをしなけれ
ば死んでしまいます。でも、もう半年すれば新しい学校が始ま
る。だから私はもう少しの間、熱帯魚になって泳ぎます。
揺れる 落ちる
反転する 手探りする 反転する
光を遮る 光に向かう 光を泳ぐ。
待つという時間を
両手で掬ってみる。
もう一度
待つという時間を 両手で掬ってみる。
あなたも 待つという時間を
両手で掬ってみて もう一度。
作品データ
コメント数 : 2
P V 数 : 1686.3
お気に入り数: 2
投票数 : 1
ポイント数 : 11
作成日時 2021-03-23
コメント日時 2021-04-04
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 4 | 4 |
エンタメ | 1 | 1 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 2 |
総合ポイント | 11 | 11 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0.7 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1.3 | 1 |
エンタメ | 0.3 | 0 |
技巧 | 0.7 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0.7 | 1 |
総合 | 3.7 | 4 |
閲覧指数:1686.3
2024/11/21 22時37分39秒現在
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長さのわりにテンポが良いのか最後まで読みやすかったです。不登校の子の話は少し暗い部分もありますが、人づてに聞くという少し遠回りな表現のおかげで、全体的に繊細だが明るい感じのする作品に、無理なく入り込めているように感じます。また、このちょっと暗い部分のおかげで最後の「揺れる~」から始まる部分、特に最後の「あなたも 待つという時間を / 両手で掬ってみて もう一度。」がより魅力的になっていると思いました。より優しいというか、希望を感じるというか。 なんか長くなっちゃいましたけど個人的に結構気に入った作品でした。
0不思議な作品ですね。 散文と行分け詩はリンクしているであろうと思っていると、 >待つという時間を 両手で掬ってみる。 繰り返し現れるこの部分が何か重要そうで、散文の部分にも直接的な説明は無い。 なのに何故かまとまり感はあって、全く分離している感じもない。 新学期、クラス替え、入学、など新しい環境へ馴染むまでのフワフワしたなんとも言えない感覚を覚えました。程よく現実的でピュアな感じが、小さくてキラキラした熱帯魚のイメージと重なって、決して明るい内容ではないのだけど、爽やかな読後感がある……という本当に不思議な作品でした。
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