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ひらいて、とがって
非常時におりたたまれた雨季の記憶が、行李からことこと、浸みだしている。血液のくびを右手で支え、左手でてをつなぐように涸れた胴を清拭する。変じゃない? いいえ、ぜんぜん。盛りが過ぎて土色に褪めたしろいはなが、昨日の昨日とよするずっと昔、戸板のところに落ちていたのよ。 幻でみたのだという暗い踊り場には、低学年なら空、それよりお兄さんお姉さんたちなら希望というふうに誰かの希望が磔けられて、さわさわ、さんざめいていた。どうして人を殺したらだめなん? と汀の余映がつめたい微風に粒だつような声みずく、みずからが仕掛けたわなにやわらかいてのかわで捕えられた、先生、先生、たなばたはれるかな? わからない、わからないけどもそうだね、お天気予報は明日は飴が降るといったよ。みんなはぶらしをもっていらっしゃい。同じ年のともだちはいつになっても幼くならないのはどうして? ねえ先生くんもそうなの? 樹のなかに造り上げた仮屋はてんきよほうにまけちゃった、せっかく感情の外をまさぐって、あっ、あっ、あれが呼び水だったのかもしれない。記憶は被造物なんだからぼくたちと一緒だね、きょうかいめんを撫でつけてもう解ったような口、いつまでも近くで、いつまでも遠ざかる、いつまでも知覚でいつまでも燃えさかる知己で不毛で息で遊興でうこっけいで、根茎。ひとつのものなんてどこにもなかった。 日付がまちがっているような気がしてここにはない海までいってみたら むかしきみと呼び掛けたものの残骸が海藻のあいだにこびていて、拾いあつめるときみに七杯ぶんになった いつまでも鱶がこわいなんてこどもじみた呪文を 手の甲にのせてわらっていた きっと誰も説明はしなかったし たぶんわかるまでにかかったんじゃないかなあ 夕方の砂のおもみと 乾したくらげの感触を教えたかった 指きりしよう あてずっぽうじゃ絶対にまねされないような形の 弁膜がとまってしまう夜にまっしろな沙漠のゆめをみて繋がっていたころの小さい手、体熱、天文学的皮肉がならわなかった星に なってうつる 愚者 だから いまでも そしていつか、 ある日、空の栓がぬける。そうしてこの世のビルはすべて観覧車に生えかわる。いまも友達の家まで謝りにいけなくて泣いている、玄関口の子どものしろくてつぶつぶした種果のよう。それともそれ自身のよう。今まで数万樹冠が破線で区切って句切ってきた空はまたぜんぶぜんぶぜーんぶ混ざってしまって、(こんなかんじ)と(こういうかんじ)と(いまみたいなふうな)のほとりにしかもう示せなくなった。ねえいま生まれ育ったショーガッコまで。権利を購って、何かを乗り継いでたどりつける? 券売機のなかにはおりたたまれた予定が詰まっているけど、甘いあじのお家には巡り逢えるかどうか、冷蔵庫の裏庭みたいに、わからない。たしか指標は木でもなんでもなく土地のなまえだった。それが毀れて剥げたベンチのよこに、きみがにまっと笑っていたとき。あれは三月のひかりのしただったような気がする。だってあれは三月だったから。終業式でたしか帰りが早かったのだ。いや、八月だったかもしれない。だって診療室の寝台の硬いまくらに海中のあわになって上がっていくえんぴつの柔らかさはきみの腿から血がでていた。どこかでころんだのはきっとどこのことだったのか、神社の参道におおきい蛇が入っていって、ぼくたちはルールを探しながら探さないあそびをつづけた。からだ。川のなかにきらきらとちいさな電柱がみえた。これから先にしゃべったほうがまけね、というゲームにはぼくは勝ったのだろうか。あじさいが咲いているよこの溝にはざりがにが生きていてまだ、喪服なんて着なくてもよくてひざこぞうには血がでて。そのすべてを眼に容れてもいたくなかった。の、すべて。
ひらいて、とがって ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2684.9
お気に入り数: 3
投票数 : 8
ポイント数 : 4
作成日時 2021-03-20
コメント日時 2021-04-09
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 4 | 4 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 4 | 4 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
- かんじ・かんじて (杜 琴乃)
タイトルをひらがなにひらくことにかけているつもりはなかったのですが、文体が好みとのことで素朴に嬉しいです。 文章の凝縮について。ひらがなが単純にかさばるのも原因のひとつかもしれませんが、それは選択したことなので、それよりも意識できていなかった流れだとか、構成を吟味するべきなんだなと思わされました。贅肉の削ぎ落とし。 実は以前にも別の文章に別の方から同様の指摘をいただいたことがあって、そのときは結局理解できていなかったんだと思います。 胸がふるえた、という感想をもらえてちょっと胸がふるえました。
0>幻でみたのだという暗い踊り場には、低学年なら空、それよりお兄さんお姉さんたちなら希望というふうに誰かの希望が磔けられて、さわさわ、さんざめいていた。 >お天気予報は明日は飴が降るといったよ。みんなはぶらしをもっていらっしゃい。同じ年のともだちはいつになっても幼くならないのはどうして? この辺がとくに好きで……。主体の見ている白昼夢をVR体験しているような浮遊感を覚えました。 小学校によくある何気ない風景や会話が気づくとねじ曲がっておかしな事になっちゃっている。読んでいる間はその境目に全く気づけなくて、気がついたらおかしな場所にいる。 >だって診療室の寝台の硬いまくらに海中のあわになって上がっていくえんぴつの柔らかさはきみの腿から血がでていた。 また、後半に行くほど性的な何かを感じました。無垢な子供たちが大人になっていく。初潮か処女喪失みたいな感じもあっていいですね。すごく好きです。
0白昼夢や浮遊感といった言葉で体験を語って下さっていて、そんなふうにのめりこんでもらえたというのは、そしてそれを知れるというのは本当に嬉しいとしかいいようがありません。ただ、杜さんご自身の想像力にたすけていただいて像を結んだところもあったのだと思います。 知らないときには知らないでいられたことへの、なんやかやについてです。 技術的にはいま、度々ご指摘を頂く冗長さがどうよくてどう悪いのか、どれほど必然的に必要なのかを考えているところです。間違いなく自分でも好きな要素なのでじっくり考えようと思います。 推薦文も読ませて頂きました。好きなところを挙げて下さり歓喜しました。コメントと合わせて、ありがとうございました。
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