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フィラデルフィアの夜に XXⅡ
フィラデルフィアの夜に、針金が傍らに佇みます。 暗い病室に、機械の音だけが微かに聞こえてくる。 それは心臓の動きを捉えています。 今は規則正しく動く心臓。 ただ不意に想定外の動きを示す。 機械に繋がれたその人は、今晩も身動きできず、寝転びます。 眠りにつくこともできずに。 静かな夜。聞こえるのはずっと機械の音だけ。 機械以外の音にはかえって敏感になっている。 そう思っていました。 機械のライトの灯りを、何かが遮っている。 気づかなかった。 細い何か紐みたいなのが数本、機械と自分の間にある事を。 暗闇に慣れた目が確認できた。 それは人の形を取っていると。 細い針金のような物が、人の姿を輪郭だけ取っている。 音も出さず、気配も感じさせず、いつの間にかこの病室にいます。 機械が叫び出す。 心臓が規則から外れて動き出した。 あまりに驚きすぎたのか、体も心臓も正常に動かすことができなくなっていたのです。 ただ目は、人の形をした針金を見る。 針金の人。 その心臓の辺り。 急に針金が集まりだす。 動いている。一定の速度で。 落ち着いた心拍で。 それを、輪郭だけの右手が手に取り、差し出す。 針金の心臓は、異常を示す心臓の元へ、置かれた。 心臓は置かれ、肉体へ入り込む。 入り込めば入り込むほどに、体に繋がれた機械の叫びは収まっていきました。 感じます。 夜にあるべき様な、ゆっくりとした心臓に、鎮まっていっていると。 心臓は規則正しく動き、それに伴い機械は一定の速度で反応をし続ける。 果てしなく永く続いた煩いが消えたとわかります。 ただ、身動きはできず、声もでません。 針金がまた手を差し伸べてきました。 「この心臓を元に戻そうというのか。あの患ったものに」 そう思いましたが、なおも体が動かないのです。 針金の手は、また心臓の位置に当てます。 また針金が出てきました。 赤い赤い、針金。血管、それを模したもの。 素人目にも、病んだそれとわかるもの。それに似せた針金。 それが痛みもなく、体から離れていくのです。 赤い針金は、右手の針金に絡みつき、するとその針金の体の左胸に行きつく。 心臓の様に動き出した。 かつての自分の心臓の様に、不規則に動きながら。 そのまま、針金が輪郭だけをとったその人が、やさしく見つめているかのように思えました。 急に部屋が明るくなる。 白衣の医者と看護師がなだれ込んできた。機械が異変を示したといいながら。 数十分に思えた時間は、そんなにまで短い時間でした。 明朝、レントゲンが取られる。 あの晩が嘘でないと教えるかのように、心臓には針金がその動きを助けていたのでした。
フィラデルフィアの夜に XXⅡ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1343.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2021-03-14
コメント日時 2021-04-07
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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総合ポイント | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
全部を追うのは根気がいるので どうして針金を軸にいくつもの夜を書こうと思ったのかここら辺で知りたいです。
0引っ越してしばらくネット環境がなかったので返事が遅れてしまいました。すいません。 「アウトサイダーアート」というちくま新書の本の中に、発想の元になったフィラデルフィア・ワイヤーマンが取り上げられていました。 一体誰なのか全くわからないまま作品だけが有名になったという、ゴミ捨て場から発見されたその作品は白黒写真でも印象に残り、ネット上にもほとんど作品の写真がなかったりしましたが、とても気になっていました。 また、個人的に大学時代に美術の素養が全くないのに針金でシュールレアリスム的な作品を作っていたのも、きっかけの一つです。 その後最初の作品を「遺作」という題で書き(フィラデルフィアの夜に、という書き出しはここからやっています)、2年か3年はそのままでした。 そしてオリジナルの連作を書こうと思い立ち、最初は円空(江戸期の仏師。日本中に鉈で荒く切った仏像が多数現存する)でやろうとして上手くいかず、フィラデルフィア・ワイヤーマンを元にやりだし現在に至ります。 最もフィラデルフィア・ワイヤーマンからどんどん外れていっていますが。
0まじか。知らんかったです。私もその針金って素材の意味を知りたかったんですけど、アウトサイダーアートの背景があったなんて。限界芸術研究会というサークルを知ってるんですけど、その方々が針金を素材にしてワークショップみたいなことやられていたんですけど、針金っていろんな形になるから面白いですよね。ところで、 フィラデルフィアシリーズたまにしか読まないですけど。ナラティブな物語だったんだなあ。
0ナラティブを調べてみると、 「「ナラティブ」とは「語ること」を意味しますが、ストーリーテリングのように出来上がった物語を語るのではなく、より自由に一人ひとりが主体となって語るイメージを持つ言葉です」 とありました。 そう言われるとそうですね。 自由に勝手に語っていますね。最近ではアイヌの昔話やら山の怪談やら金枝篇やらからも題材を引っ張ってくるようになっていますし。 針金の自由性とナラティブは相性がいいのかもしれません。
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