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できる?できる?できる?あなたに?
――私の指を切ってみてください。 ――そうしたら? ――俚歌が流れていって、ずっと遠くまで流れてたちまちに街までたどり着くでしょう。わたしたちがいるこの街まで。 簡単な空にはもうバイバイいっちまえ、それも社会的表情に躊躇なく 夜が雨戸のそとに重く圧しかかっていようと いようともおまえという惑星の重さのせいさ 道徳の轢死体は知らんまに保健所が持ってくから気にしないでほしいよ ひどいと思ったことはない ずっと光ってるwindows。 ずっと光ってるwindows どこにも繋がってはいないときこそもっと遠くまで繋がりそう 明日の天気を雲の形からみてみようとするとき予備的にあなたを襲うしあわせの色を言い表せなかったことがあなたをほんのすこししあわせにするだろうな。 嘘だと? ――ちいさいころ思ってたのはね、夕焼けの色が赤じゃないなんて、そんなわけないじゃんって。 ――ああ、国語の、教科書の……詩のやつ? ――だってそんなの言われるすじあいなんてないでしょ。見たまんまが見たまんまだよ。 ――じゃあ今も、夕焼けの色は赤ってことでいいの? ――どうだろうね。 ――えっ? ――このまえ青色に見えたよ。 ――ふざけんなよ。 と、言った。 問題: たとえば鳥の中にも変なやつがいて、どうしたら人間の発する一言目に鳴き声を重ねられるかを追求している。彼女は山を越える機をのがして、もはやこの冬をも越えられない。 ? 解答: 終電を無視する。 発った街へと帰らない旅が 劇中劇と白昼夢と操縦桿と羊頭が さがせばありふれてる だのにあなたはすべてを素通りして 自分のそとがわ、このへんに(手を振って頭の斜め上あたりの空間を示す)世間的一般的視点を措定するとき、ぼくの星は重力を増すんだよ。 病院の待合室で、呼ばれる番号。それを待っている途中に頭のなかでは向日葵と目があったという理由で駅に降り立っている。427。430。 飴の埖が鞄の底に眠っている。もう起こさないでね。アラームはかけたし、今日は夜勤だから。それから、来週の旅行先、もうそっちで決めておいて。 〈独白〉限りなく無駄な時間を過ごした。彼らは内面をすでに建前に貼り付けきってしまっているという疑いをぼくは拭えず、初めからもっていた差別感情をとうとう最後まで消せなかった。それどころかますます大きくなるばかりだった。最後に少し一対一で話したときの友人は、ほんの少し寂しそうな顔で笑った、ように見えて、そこに彼の幼い頃の面影を見た、ような気がした。このイメージも単に自分の浅ましさが投影したものだろうか。そしてここ数年で格段に下手になったぼくの貼り付け笑顔を、彼らはどう思っていただろうか。考えても詮無いことだ。久しぶりにこういう考えを弄んでいる。考えても詮無いから、考えないようになったのだ。きっと断ったとき、こいつは有り得ないほどの臆病か強情、それとも狂人だと思っただろう。おれが彼らに思ったように。おそらくそれがあまりに当たり前に視界から外れる、空から見た関係性なのだ。狂人どうしがすれ違う。均されなくても生きていけるために。あなたの言葉はわからない。均されないことが幸せであるかのような時代が、ぼくたちのけつに手を入れて、鼻の穴をがたがたいわせるのだ。まだ返事は保留ということになった。どうやったら彼らの面子を保てただろう。考えるのもおこがましいか。そもそもさっさと次の場所へ向かっているかもしれないではないか。船に乗らないやつなどさっさと放って。それでもこの領海のあやふやな島が好きだよ。どうかお前に幸があればいい。そしておれにも。我々はむかし、互いに友達の一人だったことがあった。もうちがう。〈独白終り〉 すずめの胸毛のようにあることは いつもぎりぎりで、 わざと遠くに目をやったり 救急車を呼ばなかったりする 風のおとが聞こえるうちに もう3745年になっていて おまえは年をとっていた いろんなところにかなしさを視る 普通じゃないといけないだとか まだそんな浅瀬で溺れそうになることがあったけど この半年ほどはちょっと変わってきたって思うよ でもいつまでも 皮を剥いたあとの梨のような 弱いじぶんを越えられないでいる 騙すか? いや弱いままで 強くなるしかないって決めたろう 春になったら いつでもいいのに散歩にいこう 冬だから いつまででも戦って殺してやる できるかとはもう聞かないでくれ
できる?できる?できる?あなたに? ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1193.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 4
作成日時 2021-02-11
コメント日時 2021-02-17
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 4 | 4 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0.5 | 0.5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.5 | 0.5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 2 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
「できる?できる?できる?あなたに?」とは「弱いままで強くなるしか無い」ということでしょうか?悲しさと猛々しさを感じました
0福まるさん ちょっとタイトルは押しつけがましかったかもしれません。 読後に、自然と気持ちが動いてしまうものであればいいと思います。そのことをもう一度考えたいです。どうしたらいいのか。 読んで下さりありがとうございました。
0どうしても目に入ってくるのが「ずっと光ってるwindows」というフレーズなのですが、無機質なもので、きっと人が眠ろうともその場にい続けて、様子を変えない物として置かれているものであり、「夜」「明日の天気」「雲の形」といった変化を伴う気象的なものと対置されています。 焦点はこの気象にあったままで、次の会話のパートにうつります。「夕焼けの色が赤じゃないなんて、そんなわけないじゃんって」と述べる一人は、率直に思ったことを述べる人物です。それに対しているもう一人は自分の考えを述べるのではなく、相手の言ったことを掘り下げる人物です。しかし、この会話にも転調、言わばずれが発生します。「このまえ青色に見えたよ」と、「夕焼けの色が赤じゃない」ということに異議を唱えていたはずの一人がその意義を覆すかのようにして。それに対して「ふざけんなよ」と応えるもう一人もまた実は「夕焼けの色が赤じゃない」ということに疑問を持っていたからこそ、青色に見えるわけがないという想いがあったからつい「ふざけんなよ」と言ってしまったのではないでしょうか。さきほど、ずれ、と言いましたが、いや、実はずれていないんだなあと。 そして、「問題」。とってつけたような最後の「?」によって、問題は問題たりうることができるのですが、中身は全く問いになっていないように見えます。そして、それに対する「解答」もまた「ずれ」が発生しているように見えます。「問題」には、「鳥」について述べられているのですが、それに対する「解答」が「終電を無視する」とあり、これではまるで「問題を無視する」状態にあります。ここで気になるのは、「問題」と「解答」は二人によってなされているのか、それとも一人による自問自答なのかということ。そして、また、この「解答」は本当に正しいのかということ。つまり、誰かに採点されるのを待っている解答なのか、それとも、問題集に載っているような理想とされる解答なのか。「解答」という言葉を調べたら、「答えること」という行為そのものを指し示すことがあり、やはり、あっているかどうか、採点待ちの状態になっている答えなのでしょう。 「発った街へと帰らない旅」というのは、冒頭にあった「俚歌」と重なってきます。ここで言われてるのは、こうした旅が「劇中劇」「白昼夢」「操縦桿」「羊頭」をさがせばありふれているということ。しかし、上記4つのもの自体が存在しなければ、探すことができません。そして、「あなた」は「素通り」しているから、やはり、「発った街へと帰らない旅」は見つからない状態であると。 少し飛ばしてしまいますが、「最後に少し一対一で話したときの友人は、ほんの少し寂しそうな顔で笑った、ように見えて、そこに彼の幼い頃の面影を見た、ような気がした」という箇所が好きです。「ように」と「ような」と繰り返され、一見つっかえる読みにくい部分となっているのですが、決してマイナスになっていないという。というのも、おそらく独白の語り手とこの彼は、「幼い頃から」の関係にはなかったのではないかと。「彼の幼い頃の面影」を実際に見ていれば、「見た」と断定して終わってよかったのが、「ような気がした」と、これは実際に「彼の幼い頃の面影」を見ていないからの表現だったのかと。無責任に断定せずに、ある意味、二人の関係性に対して語り手が語るうえでの責任のようなものを感じました。しかし、語り手が彼に向けた眼差しは彼の笑顔とその奥を見ようとしたのですが、その同じ眼差しを自らにも向けています。「そしてここ数年で格段に下手になったぼくの貼り付け笑顔を、彼らはどう思っていただろうか。」と。ここに語り手の素・肝が詰まっているように感じました。この独白の序盤に「初めからもっていた差別感情」というフレーズがあったのですが、これは、人に差異をつけるということ。人と人の間にはずれがあり、この作品内でも会話でのずれがあったりしていましたが、「差別感情」を持っているということによって、そもそも「私」と「他」との間につい差異を見つけてしまおうとしているのではと。しかし、一方的にそれをするのではなく、他者に向けている眼差しを自らにも向けるというのは、ある意味で自傷行為のようにも感じます。「あなたの言葉はわからない」と断定しながらも、でも、「どうかお前に幸があればいい。そしておれにも。」というのが本音なのでしょう。だからこそ、「貼り付け笑顔」のようにして、感情に対しても「貼り付け感情」とでも言えるような二層化されているように思えます。 結末は、「3745年」にもなっており、語り手と「おまえ」の世界はまだ続いています。語り手のある意味歪んでいるような感情は「弱いじぶんを越えられないでいる/騙すか?」という部分に残っているようにも思えますが、「いや弱いままで/強くなるしかないって決めたろう」という前向きな決意もあります。それでも、「冬だから/いつまででも戦って殺してやる/できるかとはもう聞かないでくれ」というところには、実はできないのだろうなあと感じました。「もう聞かないでくれ」の「もう」には、あたかも何度も聞かれたことに対するいら立ちが感じられます。そして、本当に「殺して」しまったら、二度目はないはずなのですが、「いつまででも戦って殺してやる」と。もうすでに殺しているのであれば、「殺してやる」と言う必要がありません。語り手は敢えてぼかして強がりを見せているように思えるので、僕は敢えて言いません。少なくとも僕にはできません、と残して最後にします。
2なかたつさん、コメントありがとうございます。 ここまでの量をもって書いて下さって(おそらくがっぷりと時間をつかって下さって)感謝に堪えません。いただいたコメントに見合うものが本当に書けていたかと自問せずにはいられませんが、前向きにいこうと思います。 転調、ずれという言葉で、自分の無意識下にあった一面が大きく現れてきたように感じています。どこかずれていると感じること、そしてずれていくこと。そのことにどう意味を与えるのか。それが潜んでいたテーマだったかもしれません。 いただいたコメントを読んでいて、独白/対話と、象徴が持つそれぞれの効果がより明確になってきたように思います。そして、それらの連携・配置をもっと考えなくてはいけないな、と。 独白、とした部分に関して、好きと言っていただける箇所があってよかったです。強い感情を持つとき、人って言葉がつっかえたり、絡まって出てくるものだと思うのですが、そういう言葉って時として普通に順序よく綴った言葉よりも高い伝導率で、感情を伝えることがあると思うし、そういう偶発的な発露の瞬間が好きなんです。いわゆる普通の言葉が持つ伝わりやすさ/伝わりにくさを超えた言葉を用いることへの欲望があります。 他者との差異を見つける眼差しを自分へ向けている、そしてそれが自傷行為のようでもある、というのは私にとって鋭い指摘でした。つまりここで語り手が「差異を見つける」という行為の内に、対象を蔑むという色が含まれている。それが跳ね返ってきているということですね。 「できるかとはもう聞かないでくれ」がなかたつさんに与えた「実はできないのだろうなあ」という印象について考えています。「少なくとも僕にはできません」とも仰っておられますね。少し作品の外側の話になってしまいますが、以前友人と話していて「やっぱり殺意が足りないんじゃないか」なんて言葉が出たことがありました。もちろん一般的な意味あいではなく、必死さとかそういうどちらかというとポジティブな意味を共有していたように思います。もちろん作中での語り手が使った意味と即ちイコールではありません。なかたつさんがそういう印象を受けられたというのが、なにかとても興味深く感じています。このテキストはそういう風に読みうるんだ、そういうものを自分は書いたんだ、という発見。また、読み手の何が影響したのだろうか、という想像。この行為自体も広義の差別(≒差異を見つける行為)なのかもしれません。 最後に、やっぱりタイトルに関して、これからずっとできる?できる?と訊かれ続けるのは嫌だな、と思いました。自分で書いておいてなんなのですが。 重ねて、コメントを下さりありがとうございました。
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