バグ - B-REVIEW

バグ

（ぼく）恥ずかしいったりゃありゃしない。未だに幼い頃の失敗やらを思い出しては赤面し自己嫌悪に駆られる。苦虫を噛み潰したらどんな味わいかね？ぼくには経験がないもんでわからんのだけど、ともかく過去の失敗を思い出しては苦虫を噛み潰したような顔をしてあたりを睨み散らしてしまうのだ。あの時のあれ！信号待ちをしてる時、本を読んでいる時、洗濯を干している時、何の気もなく現れる。あの時のあれ！（観衆）あの時のあれ！（ぼく）ぼくはだよ、もう忘れようって何度も言い聞かせているが、どうにもならん。バカボンのパパみたく忘れたくても思い出せない。そして忘れられない。あの時のあれ！ここでは詳細は述べるまい。気になる方はぼくの全集の268頁にすべて書いてある。ぼくが全集を出していればの話だがね。ことほど左様に憎いあんちくしょうなあの時のあれ！には手を焼いている。火のついた燐寸で指をあぶっている。あの時のあれ！を忘れることも思い出すこともできないぼくは罰を受けるべきだ。だから手を焼いている。だけど、こんがり焼けば焼くほどに強く焼き付いてしまうのだ。あの時のあれ！（観衆）あの時のあれ！（ぼく）しかし、なんだってこうもあの時のあれ！にこだわるのか。いや、こだわったことなど一度もないはずだが。おそらく人ってのは鮭と一緒で最後に生地を目指す生き物なんでしょうな。幼い頃のあの時のあれ！にいつまでも囚われているのはそこに帰るべき場所を見ているからかもしれない。帰る場所。ぼくが年老いて歩けなくなったら、あの時のあれ！も愛おしいものになるかもしれん。ところで、ぼくは脳の仕組みにはこれっぽっちも詳しくないがきっと虫がいる。ぼくの脳みそをガジガジと噛んでいる。ガジガジ噛むたびにあの時のあれ！を忘れたり、思い出したり、思い出せなくしたり、忘れられなくしたりしているに違いない。そしてその虫はぼくが老いていくのと反比例で成長している。年をとると虫のガジガジによって幻覚をみるのだ。あの時のあれ！が美しい幼き日々の一頁へと変貌するのだ。そうは思わないか？（観衆）あの時のあれ！（ぼく）ええい！うるさい！思い出させようったってそうはいかないぞ！思い出そうにも何せ忘れられないのだからな！くそ！ガジガジだ！ガジガジされている！目の前に広がるのは小学校の教室。終わりの会で先生がぼくを指さす。ぼくは言われるがままに立ち上がる。他のクラスはもう帰り始めて廊下は賑やかなのに、ぼくのクラスはまだ帰れない。あの時のあれ！のせいで帰れない。ぼくは呑気に校歌を思い出している。学校の近くを流れる川の名前が出てくるんだ。だけど、川はほとんど干上がってて、水なんて流れてないんだ。川じゃなくて空だってみんな言ってた。ぎこちない挨拶、醜く赤くなる、失語症、なめらかでないしぐさ、ぼくはそれらを『汲む』ことはできない。ああ、頭に血が昇る。（全員）あの時のあれ！

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作品データ

コメント数　： 10
Ｐ　Ｖ　数　： 1580.9
お気に入り数： 1
投票数　　　： 3
ポイント数　： 0

作成日時 2020-12-06
コメント日時 2020-12-13

#現代詩