さむいさむいふゆのなか、雪でできたおうちに住むきつねの親子がおりました。
「いってくるわね。」
きつねの母はこれから、こぎつねのために狩りをしに行くのです。
「いっしょにつれてってよ!ぼくだって、ネズミくらいとれるもの!」
「あぶないから、だめよ、おうちでちゃんとねて、まっているのよ。」
狩りをする夜にはたくさんの恐ろしい動物がうごいているのです。
「うん、わかったよ。」
こぎつねは大人しく、母さまの帰りを待つことにしました。
とはいえ夜の冬はさむいのです。雪の巣でひとりぼっちで寝るのはこぎつねにとってはさびしくてさびしくて涙がこぼれ落ちました。
「いつも、母さまはぼくのためにたべものをもってきてくれる。でも、ぼくは母さまのために何かしてあげられているだろうか?」
こぎつねは考えました。
しんしんと雪はふっていきます。こぎつねは小さく丸まって母さまを待ちます。このまま待ってても、母さまは帰ってくるだろうか?
そんなことを考えていたら、ひとりぼっちになってしまいそうでこぎつねは居ても立っても居られなくなりました。
「なにか、母さまがよろこんでくれるものはないだろうか。」
そっと雪で出来たおうちを出ます。こぎつねにとって初めてのお外です。
「なんだろう、ふしぎな妖精さんかしら。」
こぎつねは雪を妖精とかんちがいしたのです。
妖精をぴょんぴょん追いかけて、手でつかんでみます。しかし、その冷たい妖精は溶けてしまいます。
「どうして、居なくなってしまうのだろう。」
こぎつねは悲しくなりました。母さまも居なければ、友だちになれそうな妖精すらも居なくなってしまったのです。
こぎつねはこーん!と鳴きました。でも、その音は雪にかき消されてしまいます。
「母さま、母さま。」
こぎつねは涙をこぼしました。何もできない自分、そしてひとりぼっちな自分にあまりにもあまりにもこらえきらなくなったのです。
すると、夜の空にぽっかり大きなお月さまが居るではありませんか。
お月さまはじっとこちらを見るようにまんまるく、黄色く光っているのです。
「わぁ、すごい!でも、これはなんなんだろう?」
こぎつねは昔、母さまからあるお話を聞いたことがありました。
「にんげんという怖いどうぶつがいるのよ。」
「そうなの?どんなどうぶつ?」
「すごく大きくておうでが長いのよ。おあしも長いの。」
こぎつねには全く想像がつきません。そもそも、うでとはなんなのでしょうか?あしとはなんなのでしょうか。こぎつねには大きいということしかわかりませんでした。
「さてはおまえ、にんげんだな!」
こぎつねはきいきい!と鳴きますがお月さまは何も言いません。
「ぼくと母さまのおうちはわたさないぞ!ぼくだっておうちくらいまもれるんだ!」
こんこん!とこぎつねは鳴き続けました。それでもお月さまは何も言いません。
よく考えると、母さまの話には続きがあることを思い出しました。
「でもね、すべてのにんげんがこわいわけじゃないのよ。」
「そうなの?」
「私が小さくて、お腹を空かせてたときにね、目の前に人間がいたの。あの時、私は死んでしまうなと思ってしまったの。でもね、そのにんげんはまんまるなおやつをくれたの。」
「まんまるなおやつ?」
「『おせんべい』というらしいの。とてもふしぎな味で今でも忘れられないの。また、いつか食べてみたいと思ってるのよ。」
「ぼくもたべてみたい!」
「そうね。いつかいっしょにたべましょうね。」
こぎつねはお月さまを見つめます。
「さてはおまえ、『おせんべい』だな!」
こぎつねは力をふりしぼって、お月さまに飛び付こうとします。でも、なかなか届きません。「あきらめるもんか!ぼくは母さまと『おせんべい』をたべるんだ!」
こんこん!と鳴く声と空にとびはねる黄色い姿。そして夜空で輝くお月さま。それはそれは不思議な光景でした。
「ただいま。」
遠くから大好きな声が聞こえます。
「母さま、おかえりなさい!」
「きちんとおうちで寝てないとだめでしょう?」
「みてみて!お空に『おせんべい』がいるんだよ!」
こぎつねは空を指さしました。
「あれは『おつきさま』というのよ。」
「『おつきさま』?」
「おつきさまはまっくらな夜を照らしてくれるのよ。」
「じゃあ、たべられないの?」
こぎつねはしょんぼりとしました。
「ぼく、母さまのために『おせんべい』をとってみたかったの。」
母さまはこぎつねを抱きしめます。
「いいのよ。その気持ちだけでいいの。ありがとう。こんど、いっしょにおせんべいをたべにいきましょうね。」
「うん!」
とある寒い日。雪の中に小さい小さい穴があったら、そこはきつねが住んでいるかもしれません。
その穴から「おせんべい、おせんべい」と聞こえたらきっとこの親子でしょう。のちに、この親子はおせんべいを探しに旅に出るのですが、それはまた別のお話です。
作品データ
コメント数 : 7
P V 数 : 1369.1
お気に入り数: 1
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ポイント数 : 5
作成日時 2020-11-06
コメント日時 2020-11-08
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項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2 | 2 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 5 | 5 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2 | 2 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 5 | 5 |
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2024/11/21 23時39分27秒現在
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おつきさまのおせんべいが見つかりますように
1「母さま、母さま」 こぎつねは不安げな目をして、母さまを見つめます。 「このにんげんはきっと大丈夫よ。やさしいってわかるの。たのんでごらんなさいな。」 こぎつねはおそるおそる宵月さんに近づきます。 「ぼくに『おせんべい』をください」 こぎつねはかくれているつもりですが黄色いしっぽがぴょこんと雪のなかから出ています。 こぎつねにおせんべいをあげるかは宵月さん次第でまた別のお話となるのでした。 コメントありがとうございます。
1「あなたにまあるいお月さまの様なおせんべいをあげたいのだけど」 宵月は小さな声で言いました。 「さっき、とてもとても、悲しいことがあって」 「気づいたら、おせんべいが半分に割れてしまっていたの」 そう言って宵月は、割れてしまったおせんべいを見せました。 「これでも、もらってくれるかしら?」 こぎつねが割れてしまったおせんべいを受け取ってくれるかどうかは また別のお話となるのですね。 素敵な返信、ありがとうございました。涙が出てしまいました。
1私もメルヘンを2作書いています。この作品より少し長いかも しれません。童話は子供たちに知識や教訓などを、楽しみなが ら教えるという、重要な役割を担っています。この作品が知識 や教訓を与えているかというと、少し弱いような気がします。 例えば、キツネの本当の習性や生活などをとりいれ、その知識 を教えるとか、いろいろ考えられます。雪を妖精にとか、月を お煎餅にとかは大人の詩人たちの表現であり、その点では大人 むけの童話のような気がします。今の子供たちが、雪を妖精と 思うでしょうか。近くにいる子供たちに、試してみるのがよい かもしれません。 尚、日本に生息しているキツネは、アカギツネだけ。4月頃に 出産し、巣穴から出てくるようになるのは6月〜7月で、親子で 雪をみることはないようです。親ギツネは、8月頃に子ギツネ を激しく攻撃して巣から追い出す(子別れの儀式)。
1こぎつねはじっと半分にわれたおせんべいをみつめます。 こぎつねにはふしぎでふしぎでたまりませんでした。 「母さま、母さま」 こぎつねは母さまを呼びます。 「どうしたの?」 「母さま、『おせんべい』がまんまるじゃないよ。『お月さま』はまんまるなのに。」 「『おせんべい』は形をかえるのよ。」 「そうなの?」 「ほら、あの空をよく見てごらんなさいな。」 母さまが指をさした先には半分になったお月さまがいました。 「あれ?『お月さま』がいつもの形とちがう。母さま、ふしぎだね。」 「そう、『お月さま』と同じで『おせんべい』はふしぎなものなのよ。」 「うん。わかった。」 こぎつねはわれたおせんべいを口に入れようとします。しかし、にんげんのかおからはなみだがこぼれていました。 「ねぇ、どうしてこのにんげんはないているの?」 「にんげんもわたしたちのように『悲しい』という気持ちがあるのよ。雪のおうちで坊やだけでいるとき、坊やはどんな気持ちになるかしら?」 こぎつねは考えました。寒くて寒くて、ひとりぼっちで寂しかったことをおもいだしました。 こぎつねは割れたおせんべいを片方だけ口にくわえて、いいました。 「かあさま、このにんげんにはんぶん『おせんべい』あげてもいい?そしたら、きっと『かなしい』はいなくなるとおもうんだ。」 「そうね、そうしましょうね。」 「母さま!おうちでまってるね!いっしょにたべようね!」 こぎつねはおせんべいの片方だけを持ち、そのまま去っていきました。 一方、母キツネはそっと割れたもう片方のおせんべいをなみだをながすにんげんのひざにそっとおきました。そして、おだやかな表情をして母キツネも去っていきました。 めでたしめでたし
1コメントありがとうございます。 > 童話は子供たちに知識や教訓などを、楽しみながら教えるという、重要な役割を担っています。この作品が知識や教訓を与えているかというと、少し弱いような気がします。 たしかにその意見には半分同意いたします。 私は今回の童話作家ではないので、この物語で知識や教訓を与えようなど一切思っていません。ただ、ぽつりとしたきつねと月のイメージが頭に浮かんだから書いただけです。 ただ、童話では知識や教訓を与えるのが必要だというのなら、童話作家の新美南吉や宮沢賢治はどうなるのでしょうか? 新美南吉の『手袋を買いに』や宮沢賢治の『注文の多い料理店』はきちんと知識や教訓を与えているでしょうか? 私はそう思いません。 それでも、老若男女の心に刺さると思います。そして、なによりも『子供の頃の』私はそれらの作品が好きでした。今でも、私は彼らの作品たちが好きです。 童話は子供だけのものだけではありませんし、教科書に載せるためだけのものではありません。 確かに教育的な面としての童話は必要なのかもしれませんが、私が書きたかったものはそういうものではない、ということだけご理解頂けると幸いです。童話は子供の教育のための道具では無いと私は思います。 親子やかつて子供だった大人、さまざまな人が読んで子供は「これってどういう意味?」と聞いたら、親は答え、大人になってからまた童話を読んで、比喩表現を理解して、泣いたり感動したりして、自分が子供にと繰り返す。それで私は良いと思っています。 今回の作品を読んで、誰かが何かを感じてくだされば、私としては十分なことです。それだけでありがたいことだと感じています。
0その後の宵月のお話を少しだけ やっと涙が止まりかけた頃、宵月は割れたおせんべいの半分が膝の上に置いてあるのに気付きました。 辺りを見回しても、白い雪ばかり。 足跡ひとつ、残ってはいません。 空が薄暮れて、風が冷たく吹き始めました。 宵月はゆっくり立ち上がると、半分に割れたおせんべいをひとくちかじりました。 おせんべいから、優しいお月さまの味がして、宵月は、ほんの少し微笑んで、元来た道を帰って行きました。 本当にありがとうございました。心癒される週末でした。次回も楽しみにしてます。
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