男は生まれた瞬間から死神であった。
産声を上げ母の腕に抱かれるその姿はまさしく生そのものであり、そして死だった。
生を与えるということは同時に同じだけの死を与えるということである。
泣いて恐れ慄き死を拒む者は多かった。何でもする、そう言って縋りつき生を懇願される。そんな時はひどく胸が痛んだ。決まって気分が悪くなった。内臓ごと口から吐けるのではないかと思った。
死を拒む者もいればただ静かに死を受け入れる者もいる。何も言わずにこちらを見つめる瞳は何を思っているのか得体が知れなくて気味が悪い。
死を渇望している者もあった。頼むから早く殺してくれと半狂乱で迫ってくる姿は恐ろしかった。しかしそのうちに生を懇願する者と何ら変わりは無いのではないかと思うようになった。愛おしいとさえ思った。
父を殺した。
母はしばらく目を赤く腫らしていた。
そんな母も殺した。
自らが生を宿した子供に死を与えられるとはなんと皮肉なものだろうか。得も言われぬ虚無を覚えた。彼女が幸福だったのか不幸だったのかなど分からない。
やがてある日恋人も殺した。
寡黙な恋人は最期まで何も言わなかった。
恐ろしいほどに月の赤い晩だった。
がくりと力の入らなくなった首を抱いて夜明けまで死に顔を眺めていた。閉じた瞼は開かない。白くなった頬はもう温もりを持たない。それは死だった。
男は泣かなかった。泣くことなど許されないと思った。それになぜだか涙が少しも出なかった。
胸に手を当てれば鼓動が聞こえる。皮膚を裂けば血が流れる。息を止めれば苦しくなる。
死神は生きていたのだ。
死を貪って生を得る。
人の命を奪って自らの命に火を灯す。
人を殺さなくては生きていけなかった。
どうしようもなく悲しいと思った。
なぜ生きるのか分からなくなった。
その日から男は人を殺すのをやめた。
神は怒り狂った。命を奪え、それがお前の使命なのだと幾度も男を罵った。
しかし男は人を殺さなかった。
あっという間に男の生気は失われていった。
肌は青白く、目は虚ろに、身体は痩せこけた。毎晩夢と現実の境目にあの日の恋人の額を夜風が撫でていった様ばかりが鮮明に思い出された。
そしてある日彼は死んだ。
その日は新月だった。鴉がどうにもうるさく啼いていた。
死神は、死んだ。
作品データ
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作成日時 2020-11-02
コメント日時 2020-11-02
#現代詩
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2024/11/22 00時27分20秒現在
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一見、死神に同情してしまいそうになりましたが、、、。死神にとって死を与えることは天命であり、そうしなければこの世の全てのバランスが崩れてしまうほどの重要な役目です。神様の怒り心頭も当然のこと。嫌な役目なのはわかりますが、やめていい仕事ではないはずです。 命をすり減らして、ストレスと闘いながら、毎日仕事に向かう我々人間から見れば「仕事から逃げるな死神!人間を見習え!」と喝を入れたくなりました。
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