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彼方からの手紙
まいったよ、もう九月もお終いだなんてね。コロナでいろいろ暇だからグリーンデイばっかり聴いてぼやぼや暮らしてたよ。そっちの暮らしはどう?うんそうか、そんなところだね。詩はもうめっきり書かないかな。魔法は使えなくなっちゃったしね。そうそう、あの時の友だちと詩の話してたときに、たぶん夙川かどっかの夏祭りを、おじいちゃんやおばあちゃん、おじさんおばさん、その他諸々と歩いたことを思い出したんだ。透明のぷよぷよに閉じ込められて戸惑う金魚。りんご飴の暗い光沢だとか、焼きそばの匂い。クジで当たったのは化粧品を模したおもちゃで、香具師のおじさんが、それでキレイキレイにしてや〜と言うから、でも、僕男なんです、と言ったら、そんなん知らん、とにべもなく突き放されたこと。セミの軍隊が徐々に敗北していって、最後の一匹になること。かさぶたが少しずつ小さくなっていくこと。弟が産まれたこと。神さまはいらないものはなにひとつくれなかったのに、思い出ばかりくれる。そうそう弟にも子供が産まれたんだ。笑ったときなんか、あの時の弟とほんとにそっくりでね。 あと、たしかダムに行ったのも九月だった。九月は黄昏の季節なんて小説のタイトルなかった?あの有名な詩のフレーズは何月が残酷な季節なんだっけ。だいたい季節なんて不確かなものだね。僕たちの思い出ででしかない。そうダムに流れ星を見に行ったことだったね。南十字星の位置をふるえる指でさした。あたりはどこまでも静かで闇に沈んでいた。吐く息がぜんぶ白くなって消えた。あの雷の雨が降ったのも九月だった。州のすべてが夜通し停電して、やることのなくなった僕らはとりあえずドライブに出かけた。車道や、街並み、街路灯から信号機までのライトがなくなると、あとは世界は宇宙になってしまう。だから車はUFOだし、Too Young To Dieをかけながら、そのままミルキーウェイを征服するつもりだった。ははまいったよ、まさかみんな居なくなっちゃうなんてな。 そう九月が終わったらきっと十月が来る。はじめがあれば終わりがある。それがこの世の定め。この前、Tinderでスパイとマッチしたんだよ。シンガポール人だって言うけどそれはカバーストーリーで、本当はウクライナ人だろう、ってとこまでは推理は進んでるんだ。だってそうじゃないか?フランス語が喋れる美人なスパイと言えば、旧ソ連の出身の約束だ。世の中には約束されてることばかりなんだな。だけどなにも分からないよ。なんだか青空のようになにもかも分からないんだ。ただね、季節の理解だけは深まっていくよ。全部やっぱりサイクルなんだね。時計の長針が一回転する。ルーレットが回って、ボールが跳ねる、跳ねて、転がる。自転車のスポークがギラギラ光る。丸いモスクのなかでスーフィーたちがぐるぐる踊る。丘の上の風車が、ゆっくりと小麦粉をひく。君の前の空間を人差し指がくるりと円を描いて。太陽や月が。人なんか花と一緒なのに。実を言うと九月はこっそり革命を起こそうと思ったんだ。虹を渡す蜂起や。シャボン玉のクーデター。金の馬群と吊るされた王様。そんな九月になるはずだったんだ。こんなはずじゃなかったよね。なにもかも。思い出ばかりが増えていくんだ。世界をひっくり返してみても、もうそんなのどこにもないのにね。
彼方からの手紙 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2836.9
お気に入り数: 4
投票数 : 5
ポイント数 : 54
作成日時 2020-09-29
コメント日時 2020-10-10
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 15 | 6 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 13 | 2 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 10 | 4 |
音韻 | 1 | 1 |
構成 | 15 | 4 |
総合ポイント | 54 | 17 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 3.8 | 3 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 3.3 | 1.5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2.5 | 2 |
音韻 | 0.3 | 0 |
構成 | 3.8 | 2 |
総合 | 13.5 | 8.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
- どこにもない思い出の美しさ (r)
サリンジャー的な語りで、九月、季節、思い出、そんな言葉でぐるぐると回りながらも、ほどよくエピソードが拡散しているところが良かったです。
1ABさん 時々思うんですがABさんは虻さんだろうか海老さんだろうか とてもよかったならとてもうれしみ rさん サリンジャー好きなのがバレましたね フラニーとゾーイが一番好きです アメリカ文学って詩ですよね
0パスワードを忘れ続けるさん、こんにちは。 わたしはパスワードを忘れることは滅多にないし、ついでに忘れ物をすることもない。 けれど、この詩に出てくるような思い出を、こんなつぶさに覚えているだろうか? ぼやぼや聴くのにはグリーンデイはもってこいだと思うし、 りんご飴はだいたいちょっと赤黒い色をしている。 こういうことを忘れて、忘れ物をしないことばかりを気を付けて生きているわたしって ほんとうにつまらない人間だなあということを思いました。 >だけどなにも分からないよ。なんだか青空のようになにもかも分からないんだ。 この文から漂う悲壮感さえ、ちょっと優しい。なぜ優しいんだろう? タイトルは「彼方からの手紙」だけど、わたしから見ればパスワードを忘れ続けるさんが誰かに出している手紙に見える。 そしてこの作品において明確なメッセージ性は感じられない。 文章って何かを伝えるためにあるとずっと思っていたけど、 そこにお願いや目的がない文章はとても優しい。 このあとお昼寝でもしようかな、そんな気持ちになれる作品だと思いました。
1いつもコメントありがとう。そうかぽっぽさんはパスワードも忘れないんだ。ははすごいな。俺はバカなので、未だに携帯を失くしたり、財布を落としたりするよ。今朝出るときも鍵がないって大騒ぎして、ソファーのクッションまで裏返したのに、けっきょく鞄にあったね。やれやれだよ。 なんだか文章は本当に不思議だと思う。俺もなんでこんなものを書いたかわからない。てっきり俺も俺は書くことなんかに見切りをつけて、人生を生きてるのかと思っていた。それでも何だか、書くという行為をして、投稿という行為をして、みんなに読んでもらって、そのリアクションを見るという行為をしている。その結果、何かが伝わってしまっているのを感じる。俺もよく知らない俺の何かが。それはなんて不思議なことだろう。 俺は本当にダメなやつでね、放って置いたら何百年でも友達に連絡もしないような人間なんだ。だからビーレビューが続いてて本当によかったよ。みんな元気でやってるみたいだし。
2地球さん読んでくれてありがとう 前にあなたのくれた批評は俺を灯しつづけてくれています それはまったく魔法と同じだと思います それもありがとうべりーまっち!! 地球さんの作品もよめて楽しかった どんどんやってこ くるくるしたところが楽しめたとのこと うれしみありです 確かに9はくるっとした形をしてますね 母音のoだとかたしかに〜 気づきませんでした もなかさんの立ち上げ力を感じる評です なんだか詩作において意図は最近なくなってしまって ただ書く経験があって 読み返したり リアクションを伝えてもらうことで ああこういうことが言いたかったんだな と後からわかるという 感じになってしまいました なんだかバカらしいですが楽しいことでもあります コメントありがとうございました
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