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落ち葉が散らばっていただけのCreative Writing
ようやく1週間の出勤が終わった。土日に羽を伸ばして休むこともやぶさかではないが、部屋の掃除や買い出しに行かなければならず、仕事を考えると睡眠バランスを崩すのもよろしくない。それに、よく考えれば明日は町内会の清掃ボランティアがある。そういえば、ボランティアをするのもいつぶりであろう。 * 土曜が終わり、日曜の朝。その日はプラスチックゴミの日であったので、とぼとぼ歩いてゴミを出し、帰宅する。。。 ……その帰り道、丁度家の前で、老人に声をかけられた。 「ちょっとね、君の家の前にね、落ち葉が沢山散らかってるんじゃけどねぇ。どういう神経をしているのかワシにきかせてはくれんかね。」 あまりのことに言葉を失った。え……ッ?と私が咄嗟に発した途端、老人は続けて私に語り出した。 「そもそも、町内会のボランティア?ワシねぇ、ああいうのに参加するってのが、どうも性にあわん。ボランティアってのは言わば奴隷じゃろう。金を与えることもせず、町にすんでいるというだけで強制的に人を集め、使役する。ワシも昔は参加しとったんじゃけどね、バカバカしくなったんじゃわ。」 「ボランティアなんてもんは、ワシのような年齢の者がやることちゃう。少なくとも、体がしっかりしておる若者がやるべきなんじゃよ。それを全員参加ってのはどうも、上の連中は頭が悪いんじゃろうなぁ。」 「ワシはね、これでも退職するまでは会社の経理におった。やからぁ……ビジネスに関してはな、ちょっとばかり知識を持っとる。そのワシの観点からすると、町内会ってのはビジネス的にアカンな。ビジネスってのは、如何に金の匂いを感じさせずに利益を得るかっちゅうことなんじゃ。そもそも金も貰えずに町内の清掃に参加するってのは、なんの動機でやっとるんか、アホっちゅうかなんちゅうか、日本も落ちたんじゃなぁと感じますわ。」 流石に私も苛立ちを隠しきれなくなり、遂に口を開いた。 「まず、何のお話なのか、どういったご要望なのかお聞かせ願えますか。そもそも、私の自宅の前に落ち葉があったからといっても、通行が阻害されるほど散らばっている訳でもないでしょう。町内会の清掃のお話に関しましても、あれは強制ではなく希望制でした。認識の誤りも甚だしい上に、何をご希望が今ひとつわかりかねるのですが。」 私がそう発言した途端、老人は烈火の如く怒りだし、先程とは比べ物にならないほど陰湿な声色でまくしたて始めた。 「あのねぇ、君は馬鹿か何かかね。ワシが今、懇切丁寧に話してやった事を、なにゆえ理解できないんじゃろうなぁ。確かにワシの話はある程度の知的水準が無ければ分かりようもない話ではあるんじゃが、君のその態度は何なのかね。人にものを尋ねるのなら、それ相応の言葉遣いがあって然るべきじゃろう。君はあれか、学校でまともな教育を受けてない貧乏家庭か何かか?」 老人は続ける。 「君の家の前に落ち葉が落ちとる!じゃあ聞くが、君の家の前にゴミが大量に捨ててあったら君はそれでも掃除をせんというのかね?それならそれでもええ。ただ、ワシがこうして指摘してやった事に対して、まともに理解できない低脳の分際で、ワシに高圧的な態度をとってくるとは如何なる了見か!君はあれか、玩具を出して片付ける知能のないガキか何かか?」 老人は続ける。 「だーかーら日本は終わっとるっちゅうことなんじゃよ。こうして君のようにな!難解な言い回しで最後まで聴く気になれない批判を続ければ『ロジカル』と賞賛される風土が日本には根付いてしまったんじゃ。その実、全く理にかなっていないどころか話す価値もない輩ばっかりじゃのに、論理的な会話だけを武器とする馬謖のようなカスばっかりが偉そうな顔をする。君はあれか、選挙の時ばかり大言壮語でその実何もしない無能総理か何かか?」 流石に腹を立て、ポケットに手を突っ込みながら批判を始めた。 「ゴミが家の前にあればそれは片付けますが、落ち葉が散らばっていたからといって何の不都合があるのか、そもそも何故、家の前だからといって私がやらなければならないのかご教授願えますか。それに、今ひとつ話の要点がわかりかねます。恐らくこれは、私の問題だけではないと考えるのですが。」 老人はほとほと呆れたような顔つきで不平を始めた。 「馬鹿じゃのぉ〜君はつくづく馬鹿じゃ。こんな馬鹿にワシがいちいち話した時間が勿体ないわの〜。馬鹿に話しても馬鹿は話をまともに聞かないんじゃの。君はあれか、ものを食べることしか頭にないアノマロカリスか何かか?」 「日本はダメじゃ。もう日本は終わっとるっちゅうことじゃ。こんな哀れな人間が、のうのうと生きていけてるんじゃからのー!君はあれじゃな、今の日本の凋落を体現した存在と言えような。」 * じゃあ、お前がやれや……!と、私は遂にその言葉を呟いてしまった。 落ち葉が気になったなら、じゃあ、お前が掃除しろや。町内会に不満があるんなら、じゃあ、お前が町内会を回せや。 と、一言告げると、私はぎゃあぎゃあとはしゃぐ老人を無視して自宅の扉を閉めた。あの様な老人が居ることが、今の日本の凋落を如実に現していると言えるだろう。
落ち葉が散らばっていただけのCreative Writing ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1268.1
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 1225
作成日時 2020-08-14
コメント日時 2020-08-15
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 163 | 163 |
前衛性 | 230 | 230 |
可読性 | 120 | 120 |
エンタメ | 591 | 591 |
技巧 | 60 | 60 |
音韻 | 1 | 1 |
構成 | 60 | 60 |
総合ポイント | 1225 | 1225 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 54.3 | 0 |
前衛性 | 76.7 | 0 |
可読性 | 40 | 0 |
エンタメ | 197 | 60 |
技巧 | 20 | 0 |
音韻 | 0.3 | 0 |
構成 | 20 | 0 |
総合 | 408.3 | 300 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
花緒さん、ありがとうございます。 明らかに元ネタが明示的であり、見る人が見ればこれこそ中傷であり揶揄なのではないか、と思われても仕方のない愚作を投稿しているところ、花緒さんのみならず参加者の皆様には失礼をしております。 公共性のお話が出ましたので、其方に沿ってご返信を書き始めさせて頂きます。 B-REVIEWにおいて、設立当初(初期)より一貫して掲げられていたテーマがあったように記憶しておりまして、 ①マナー遵守 ②公共性の確保 ③イノベーション であると理解しております。マナーやイノベーション、特にマナーに関してはこれまでに様々な議論がありましたのでここでは置いておくとして、②公共性の確保とは何なのか。 当方は公共施設の管理運営の職場に務めておりますが、その知識によると ①健全かつ開かれた運営 ②排他的または差別的なサービス提供の禁止 ③規則に則った業務遂行 が重要であると認識していまして、特に②を如何に判断するか、が公共施設運営の難しさであります。 ②は、つまるところ、公共施設に1ヶ月風呂に入っていないと思われる輩が来たとしても、イカれたバイクに乗ったモヒカン男が来たとしても明確な理由がない状況で意図的に排斥する事は不可能であり、また、ご利用機会が著しく多い有料顧客に対しても、優遇措置を取ることが出来ないということでありまして、即ち、規則に沿った行動のみが求められる厳格さがあります。 とはいえ、これはあくまで現実世界の話であり、B-REVIEWにおいてはまた趣旨が変わってくることを思います。 * 本作の主人公は、ネット界隈ではまともそうに見えるのですが、現実世界でこの様な老人に絡まれた場合にこの様に論理的っぽく話すことは事を面倒くさくさせるだけであり、仮にも年齢が上のものに対する礼儀が明らかに足りていないのであり、余程喧嘩っぱやい者でない限り「あ、すみません、散らかってますね……後で片付けておきます。」で話が終わるのだろうと思ったりします。 要するに、本作の主人公はネットに入り浸る陰キャ的な口撃性の高い持ち主ではあるのですが、それを踏まえた上で、私の立場に置き換えて勧善懲悪を軸に書いた代物(のつもり)であります。 ネットにおいて、批判に開かれていたり、批判をする際のスタンスや批判の文章そのものが公共的に開かれている事が重要であることは自明と理解していますが、他方で、現実世界において常識かというと、そうではないことを思います。同級生などに「お前ネットで詩書いてるなんてキモいよな」と批判或いは中傷をされたところで、彼等が批判に開かれているべきとは思いませんし、彼等に対して、批判に開かれているスタンスを取る必要があるとは思えません。 * 批判に開かれていない事が当然の社会において、此方がわざわざ批判に開かれている必要性があるのかは甚だ疑問であると考えるのは致し方なく、即ち、批判を受け入れる素質のある人達が概ね批判を受け入れなくなり、元々一方的な中傷と揶揄をし続ける人達に対して一方的に中傷や揶揄をする事でしか生き残る事が出来ないのなら、批判に開かれている人財は極々僅かなコミュニティに属する者のみとなる事が想像されます。 * 長々と語ってしまいましたが、本作は勧善懲悪ものです。老人が悪であり、主人公は善人に見えるように書きました。これが普通であると見えるのが常識的な考えとは思いつつ、やはり現実的に考えると、主人公の行動には問題があると考えられると思ったりします。 まとめに入りますが、そもそも本件は勧善懲悪的に書いてはならないものであり、溜飲を下げているだけでは無いのか、といった類の批判が来ることは当たり前である事を思います。主人公は完全に私の立場ですので、主人公を美化し、相手を悪者にするという類の書き方をするのは当然に作品の幅を狭める行為に他ならない気がします。 私自身として、やはり私のした事は間違ってないのではないかという感性があるのですが、はたして本当にそうなのだろうか、ということを迷います。私を天使のように書き記す作品を投稿する事で、私そのものを批評の遡上に上げ、藤井に対する気持ち悪さを持って頂かなければ、私自身が個人的に間違ってないと思う手前、バランスが取れない気がしているのであります。
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