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バロック
なまくら包丁を左手首に当てて、力を込めた。何度も何度もスライドさせようとした。真っ暗な四畳半で一人、暴言の飛び交う混沌とした青春に別れを告げる為だった。結局傷一つ付けられず、涙すら溢れない事を悟って諦めた。包丁を手元に置いて寝ていると、母が台所で気付き、何故そんな事をするのかと階下で声を荒げた。病気になったのは私だけで、兄弟達は何ら精神面の問題は抱えていなかったので、困った顔をしながら母を宥めてくれた。私にどう接していいかも分からないだろうに、巻き添えを食わせてしまって申し訳ない。彼らだってまだ若く、本当は自分の悩みで必死だったろう。私は何故死にたかったのだろうか。 家族ですらそんな状態だったので、部屋の外に出る事が出来ない。しばらくインターネットと病院だけが外の世界との繋がりだった。私の好きなチャットルームでは自傷行為はパフォーマンスで、遥かに傷が深い人々が集まって遊んでいた。何故もどうしてもなく、理由も目的も少しずつ違う、フリークスの面々が揃っている様だったが、付き合いは浅かったので実際の所はよく分からない。その頃私がこの人と決めた相手は特に希死念慮が酷かった。手首から肘にかけて切り傷の跡が無数にあり、ODで集中治療室に入った事もあるそうだ。 そんなこんなで全日制の学校にいられなくなった時点で、通信制に転入して、アルバイトも始めた。楽しくはなかった。何せ常に自分を笑う声がして、皮肉や嫌味で汚く罵られている幻覚だから、何処へ行ったって同じである。尚且つというのか、うつ状態で周囲からの問いかけに答えることも必死だ。だが仕事自体は性に合ったのか、続けられた。性格は能天気で明るいのだろう、ちょっと果物を切ったり野菜を陳列してにこにこしていればお金を頂けるという事に安堵した。お母さん(場合によってはお孫さんもいるのが珍しくなかった)達の人生観が世間話から垣間見られるのも好きだった。世の中には自分の様に死にたがる不幸者は滅多にいない事が疎外感を生んで、少し悲しかったが。 結局幻覚が治ったとはいえないものの、今は訳もなく死にたくなる事は無くなった。年の所為もあるし、人間は関り合いの中で成長し、時には憎悪や嫌悪で殺しあう事もある、と当たり前の事実に気が付いただけである。三百万の間違いと、一つの不正解。私の回りでは皆が幸せそうに暮らしている。そう装っているという嘘を吐きながら、至って普通に生活している。起き上がれなくなる程の絶望とは一体なんなのだろう?あの頃私は世界に夢を見ていた、暗がりで1人築いたとびきり綺麗で清んだ美しい妄想を。
バロック ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1027.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 10
作成日時 2020-08-01
コメント日時 2020-08-04
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 5 | 5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 10 | 10 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 5 | 5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 10 | 10 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
よくある、といえばよくあるのですが、この様な事をよくある、と私が当たり前のように思っていること自体の良くなさ、みたいなことを思います。文章としてみると、日記的なるものから逸脱しきっていない感を禁じえません。「転」の部分を練り直すことでもっと良作になり得るような、そんな気がしました。
0コメントを有り難うございます。 正直、それを選んだ時点で評価されないだろうなという題材の、雑文ですね。それなりに必死ではあるものの、自分でも随筆までいかなかった感が凄いです。切実に日記から抜け出したいですが、これ以上になる可能性が低い気もします。嫌な思い出は忘れた方がいいのかな。 重ね重ね、読んで下さって感謝です。
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