病の花
過去を振り返るとき、
人は、
それを、
善き思い出として思い出すか、
それとも、
現在の、
悲しみとして、
思い出すか、
一
悲しみはいばらのように心を貫き、
目立たないように心根だけをとりあげる。
放り出された心根は、
寒々しい空気にさらされ、
震えた音の咳をする。
病は気づかないうちに、
全身に広がり、
気づいた頃には、
心すべてに蔓延している。
風が病を運ぶ、
大気の流れは人々を包み込み、
時に優しく、
時に厳しく、
彼らの営みを支える。
風は無情に歌うこともなく吹き続ける。
一人の少女が涙しても、
一人の少年がけがをしても、
風はそれを留めない。
二
思い出は、
彼方に追いやられ、
到底手の届かない、
秘密の地下室に保護されている。
人は病にかかると、地下室の鍵を失う。その地下室は永遠に入れないのか。魂尽きるまで、鳥の声が聞こえなくなるまで、川の流れが止まるまで。そうやって人は保存されるのか。人の思い出は甘く、人々の好物だが、思い出は自らやってきはしない。他人の地下室をあさろうとするものを、牢獄に閉じ込めるために、私は歌う。
人々は動いている、山の中を貫く長く真っ暗な道を、動いている、うごめいている、虫たちのざわめきのように、うごめいている、動いている——ああなんという病のすばらしさ、人を守り人を閉じ込める、牢獄のようで、堅固な要塞のようで、秘蹟が交わされている場所になり、あまりにもうるわしく、あまりにも熾烈で、不可思議な予兆ばかり飛び交い、人々が密儀を行う場所となる。
ただ気づけばすべてを、現在、過去、未来、それらすべてを、病という安楽椅子の上で、気づけば忘れてしまう。密儀をしているという自覚はなく、忘れてしまうのだ。
ああ忘れることなかれ、病は蔓延している、密かに蔓延している、それゆえに人々は捕らえられる、思い出の檻の中に、そして人であり続けられる、うるわしきもの、病は今、花開き始めている。
作品データ
コメント数 : 5
P V 数 : 2026.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 4
作成日時 2020-06-06
コメント日時 2020-06-28
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 0 |
総合ポイント | 4 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 2 | 2 |
閲覧指数:2026.9
2024/11/21 23時57分10秒現在
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コメントありがとうございます。「この作中主体は現在は悪に手を染めてしまっている」というのはその通りで、今、私個人としても‘悪’というものが何であるのかについて、非常に関心があるところであります。 ボードレールについてはこれを書いている時に意図していたわけではありません。ただ、書き終わってから、(もちろん、彼の詩句に私の詩句が届きうるなどとは、言うもはばかられますが)『このタイトル、明らかにボードレールを意識してるわ』、と個人的に思ったのは確かです。ボードレールの作品の中のどれか一作品と関連させられているわけではありませんが、彼の悪の(もしくは病の)観念に少なからず私が影響を受けてしまっているのは確かだと思います。
0前半はとても真っ直ぐ。言葉こそ変化を付けていますが、伝えようとしている心情は一直線な想いと受け取りました。ただ、真っ直ぐな想いにしては強さや勢いが不足していて、読み進めようと背中を押してくれる力に乏しいように思います。心情の波や、場面転換、ほかにも様々あるとは思いますが、そういった変化を使わずに構成すると平べったい印象になってしまう。なので、一直線に押し込むのならグイッと背中を押してくれる、もしくは深みに沈んでいけるような、そんな言葉達が必要になってくるのではないかなーと、そんな風に思いました。 一方、後半は徐々に気持ちが入っていって、作者が前のめりになっているのが伝わってきました。こうなってくると、こちらも釣られて読み進めていけます。ただ、いまいちピンとこなかったかな。私の読解力が足りていないせいもあるのですけども。 うーん、なんとなくですけど、伝えたいことを捻りすぎて行ったり来たりしているように見えました。こういう手法もあるのかもしれませけど。 個人的には気持ちの乗っている二が好きです。 病が人を保存しているという視点が面白い。この発想をもっと効果的に演出できていれば、評価も上がると思いました。
1ご指摘ありがとうございます。個人的に、やはり、他人の表現でも素直でまっすぐな表現をいいじゃんと思ってしまう優しさというのでしょうか安直さというのでしょうか、そういう部分が捨てきれないところがあって、そこら辺が一には出てしまっているのかもしれません。それゆえに、表現が平たんになってしまっていることが多くあると思います。その辺は改善してくことを目指します。 また、確かに演出面もかなり課題だと思っています。俯瞰的に見ることが苦手なのでもう少し賢くなって客観的に自分の作品を見れるようになっていけば大分変ってくるのかもしれません。 ご意見ありがとうございます。ずばり言い当てられた感じがあるので、結構刺さりました(笑) どこまでエンタメ性を確保するか、自分なりに考えていきたいと思いました。
0白目巳之三郎さん、こんにちは。 流れるような素敵な文章だなあ、と率直に思いました。 ここで出てくる「病」というものが、ネガティブに描かれていないことに好感を持ちました。 「病気」というと、治すべきものとして捉えられがちですが、 >ああなんという病のすばらしさ、人を守り人を閉じ込める ともあるように、病を単純に悪いものとして取り扱っていないところが良いなあと思いました。 善悪の「判断」というものは、いつのまにか脳にこびりついてしまっていて、 その認識を改めるというのは意外に困難なんですよね。 こういう作品に出会うと、自分の考え方であったり、ものの見方というものを改めるきっかけになって 大げさに言うと、新しい世界を見つけたような気持ちにもなります。 また、読み進めていくうちに作者の世界観にどっぷりつかっていました。 特に引き込まれ始めたのはこの箇所 >思い出は、 >彼方に追いやられ、 >到底手の届かない、 >秘密の地下室に保護されている。 こころの深層を表現するのって、どうしても概念的な言葉になってしまって、 本質の上っ面を滑っていくような感じでしかぼくは話せなかったりするのですが、 「地下室」というワードが精神的な事柄に映像をもたらしていて、 目に見えなかったことが映像として現れる、 その立ち上がり方がとても素敵だなと思いました。 もうすこし時間をかけて、この作品を読解したいなと思います。 おそらく読み込めていない部分があって、そこにとても良い何かが隠されているような気がします。
0横山はもさん、こんにちわ。 感想ありがとうございます<(_ _)> 世界を、なんと言ったらよいのでしょう、総体的にとらえる、善悪を丸め込んだ、太陰太極図のようなものを想像していただければよろしいのですが、そのような視点を取り入れるべく私自身も日々修練、といったところです。 新しい見方のきっかけにこの詩がなってくれたとするならば、個人的にはありがたい限りです。 非常にうれしく思います! ある種、私個人としては今のところ、突き放すような書き方しか出来ないところもありますので、もし今後、何かひっかかるところがありましたら、指摘していただけるとありがたいです。 感想ありがとうございます。
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