ひらかれたまま
まだとじていなかった楽譜
何度もかき直した曲が
また 最初の一音にもどる
何でもない ただの俺という
ひとつの波長だけをもつ
純粋といえば きこえはいいが
無垢といえば うつくしくもおもえるが
要はなんということもない
ちいさくまるい ただの始点
けっきょく これにもどる
まっすぐに延びた五線の前で
俺はこんども 思いあぐねている
またぞろ愚かなのぞみへと向かう 次の音符
その置き場所 そのゆきさきを
(いつまでもフェルマータ のまま
いられるわけでもないし な)
おしえてくれないか
ほほえみながらかけあがるハ調の旋律
清澄な木管のユニゾン
快調に しかしけっしていそがぬアレグロ
全休符のゆたかな沈黙
もくもくとセロのうたう秋の歌
どれもこれも わるくはない
わるくはないが べつだんそのどれでも
かまいはしないのだが
そのどれかで いなくちゃならぬ
というのが 俺にゃどうにも
がまんならんのさ
このただひとつの音符から発し得る
ありとあらゆるうつくしいもの
聖なるもの よろこばしきもの
そのどれにもならぬまま
あらゆるみごとな音楽を内包した
このひとつの音符のままで いられぬものか?
それはまあ 俺よ
愚問中の愚問というやつだ
もっともおろかな曲をかくよりも
おろかなのぞみと いうやつだ
それから俺は
もういいや こんなところでよかろうと
また馬鹿なところに次の音符を置き
そこに鈍さびた和音をかさね
まのぬけたテムポで すっころびながら
足元おぼつかぬ ぶきっちょなリズムで
おセンチな なんともしまらない旋律をしばらくつづけ
あほらしいとおもいながらも ともあれ一曲ものにして
せいせいした気持ちで そいつにおさらばする
ま そんなものだろう
ダ・カーポ
そしてまた 俺はこの曲をかき直す
何でもない 最初の一音にもどる
ちいさくまるい ただの俺
けっきょく これにもどる
作品データ
コメント数 : 6
P V 数 : 1932.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 17
作成日時 2020-05-01
コメント日時 2020-05-11
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 5 | 5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 4 | 4 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 4 | 4 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 4 | 4 |
総合ポイント | 17 | 17 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 2.5 | 2.5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2 | 2 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 2 |
総合 | 8.5 | 8.5 |
閲覧指数:1932.1
2024/11/21 23時20分52秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。
沙一様、丁寧な感想をありがとうございます。自分語りの作品は自嘲も含めていい気な自己愛の表現にしか映らないものが多いのですが、「楽天的な気」「軽妙さ」とのご指摘を見て、これでもどうにか読み物として成立していたのかなと安心しました。
0桐ヶ谷忍様、丁寧なコメントをありがとうございます。高いご評価をいただき恐縮です。誰でも華々しく美しい「曲」を書きたいものですが、いざ音符を置き始めると凡手の連続で失望ばかり。それでも曲を終えるまでは音符を置き続けていかなくてはならない。われわれが日々書き続けている、そういう無数の「失敗」曲のことを思いながら書いた作です。それが「美しく」見えたのであれば、作者としては手柄に思ってよさそうですね(笑)。
1ひらかれたまま まだとじていなかった楽譜 が、一度目に読む時はすっと通り過ぎるけれど、二回目、三回目と読むうちに、希望を指し示すものにかわっていきました。あるいはそこには徒労のような感覚もあるのかもしれないけれど、それでもまだ楽譜はとじていないのだなと。 そして、やはり このただひとつの音符から発し得る ありとあらゆるうつくしいもの 聖なるもの よろこばしきもの そのどれにもならぬまま あらゆるみごとな音楽を内包した このひとつの音符のままで いられぬものか? この部分が訴えてくる切実さは胸に迫ります。「おろかなのぞみ」と次いでこきおろすことで、そののぞみは更に強く迫ります。また、様々な人が様々な内心を重ねることのできる部分でもあり、多くの人の気持ちを動かす詩でもあるのではないかと感じました。
2白川 山雨人様、拙作に懇切なご感想を賜り恐縮です。作品が万人に向けて開かれたものになることは不可能かもしれませんが、可能な限り多くの人が自らの《詩》をそこに託せるような言葉を記したいという望みは常にあります。その意味で大変嬉しい御評でした。ありがとうございます。
1私はこの作品は一曲の音楽だと感じました。といって音楽に関する教養はないに等しいので恥ずかしいのだけど。 それでも特に〈おしえてくれないか〉からはテンポが速くなったように感じました。で、〈それはまあ〉で緩やかになって、〈それから俺は〉で速くなっている、というような緩急や連毎の起伏があるように感じます。語りは決して明るいとは言えないものの、奏でられるとしたら、力強くテンポよくというところもあるんじゃないか。ここを音楽的にどういうのか、わからないのがもどかしいのですが数人での演奏形式ならありそう。そして、最後はだんだんゆっくり静かになって閉じている。音楽だなあ。そう考えると、語りの内省的とも思える内容に対して、語りと共に展開していく緩急や起伏の流れは、そのまま語りの下にある感情のダイナミックな動きであるのかもしれません。 このようなコメントをするのもひと言のうちにすべてを含めることができたらいいのになあ!
1藤 一紀様、懇切なご感想をくださりありがとうございます。 作者として、読む人がこの作の題名や詩句それぞれを「比喩」「寓意」と受け取って、人生論のようなものを読み取られるのが一番不本意なことでした。勿論、作者が読み方を指定できるわけではありませんし全く読み手の勝手で構わないわけですが、作者はこれを何かの《喩え》として書いたのではなく、自立したひとつの世界として提示した積りなのであります。その意味で、頂いた「一曲の音楽」という御評は作者にとってまさに我が意を得たりの嬉しいお言葉でした。感謝申し上げます。
1