俺が急性カフェイン中毒で嘔吐したある初冬の未明、学内では事件が起きていた。
後に聞いたところによると、未登録の放射性物質だか麻薬だかが、
マフィア映画のようにごっそり出てきたということらしい。
学内屈指の権力を持つ男が、名の下に全てを隠蔽した夜、
俺はナマズのように吐いていた。
クソくらえ、と思っていたからではない。
カフェインが効きすぎたとき、人間はそんな風になる。
起きることも眠ることもできない零度の部屋で、
誰にも見つかってはならないと毛布にくるまっていたとき、
会ったこともない姉の幻覚を見た。
俺は狙われる男で、
姉は居ないはずの女だった。
我々は激震する単車に乗って、
可能な限り遠くを目指し、走ったのだ。
体が元に戻ったとき、
そこにはもう怪しげな薬品も、
違法量のウランもなかったが、
姉だけは消えなかった。
*
ところで、私は小さな頃よく暴力を受けていた。兄からだ。大抵は向こうから因縁をつけられ、侮辱の果て暴力に行き着くのだが、喧嘩となれば年齢差から言って全く勝てるわけがなかった。私はこれをできれば虐待と言いたいが、兄弟間の虐待とは比較的認知されていない印象である。無理からぬことだ。
特に面白いのはNINTENDO64(ロクヨン)の時代の冬の話だ。兄の友人の家へ連れてもらえるはずだったのだが、なにか事情があるようで、すぐに連れて行ってはくれなかった。一旦俺が先に行く、必ずここに戻ってくるから待っていなさいと言いつけられて、公園の隅で待たされることになったのだが、待てど暮せど兄は一向に帰ってこない。雪の降らない寂しい冬はよく冷えた。私は全身を震わせ、体を擦って熱を起こした。そこでドリフのコントではないのだが、体を擦っていた弾み、ふとした瞬間に妙な体感覚に見舞われたのだ。当時はそれについてよく知らなかったので、これははっきりと神秘であった。以来、しばらくのあいだ、冬とは私にとって神との交合であり続けた。
*
私は母の骨を公園の砂場に撒かなければならないと思った。
握ってはさらりと手を離してゆく。
落ちきる前に半分近くが風に吹かれて、何処かへと散ってゆく。
最後にここを訪れたのは十年も前になると思う。
そのとき、こんな風に砂で遊んだかは、もう覚えていない。
けれども、ここで撒かなければならないと思ったのだ。
母と子
今と昔
風と骨……
ところで、
そのぱっぱとした手の動きの繰り返しが妙に面白かったので、
私は小学生の頃に好きだった「ふりかけ」のことを思い出していた。
「さけぱっぱ」というものだ。
「わかめぱっぱ」というのもある。
いわずもがな、鮭とわかめのふりかけである。
だんだん調子が上がった私は、試しにこう叫んでみた。
さけぱっぱ! さけぱっぱ!
風が吹く。
骨が散る。
マンションに声が反響する。
良い……。
元はと言えば公園はこんな場所なのだ。
わかめぱっぱ! わかめぱっぱ!
すると、公園を貫く道の向こうから女が一人やってきた。
さすがに黙る。
だが骨はまだ撒きたい気分だったのだ。
ざっと半分くらいをここで。
だから僕は立ち尽くす。
それに構わず女は来る。僕は公園に立っている。
風が吹く。女が骨を踏んで歩く。
(さけぱっぱ! わかめぱっぱ!)
(さけぱっぱ! わかめぱっぱ!)
すると精神だけで盆踊りが始まったのだ!
とんど祭りをご存じだろうか?
神社で物を燃やす祭。
境内で二つの影が舞っている。
あれは獅子だ!
いつか俺が四足歩行だった頃、
いまは遠い昨日のことだ。
獅子の舞!
獅子は狂って子を殺す。
女は来る。女は来る!
だが俺は獅子なんかじゃあない。
だから神経だけで踊っている。
白い神経が踊り狂って子を殺す。
さけぱっぱ! さけぱっぱ!
わかめぱっぱ! わかめぱっぱ!
……
殺人事件の現場のように、夜の公園は静かになった。
*
「アハー! 綺麗な貝殻! 神様見て!」
「アハー! あんな遠くに流れていった、あの木!」
「アハー! この赤いのはなんだろう?」
……さあてねえ……
赤いブロックはどこから来たか?
赤い血はどこを流れているか?
赤い 太陽は絶叫す
砂を踏み孤空と知るのか少年の
体はなお痛まぬ目に背に夕映えの神
「ねえ神様、僕はやっぱりここを出て行くよ。」
作品データ
コメント数 : 2
P V 数 : 1532.0
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作成日時 2020-04-19
コメント日時 2020-04-24
#現代詩
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2024/12/04 02時04分45秒現在
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なんだか一編目のカフェイン中毒の間にみた様々な悪夢なのか、それともそんな彼、とは別々に薄く何か関連が秘められたそれぞれの家族の物語なのであるのか、自分にも読み切れないが奇妙な短編集を手にしたときのような楽しさがありました。関係ないがロクヨンがなんとも懐かしい。個人的には骨を捲く話が好きだがこれ一遍取り出しても読み切れないのでしょうね。再読して再コメントしたいが果たして4月中にできるかはわからないのであります。
0コメントありがとうございます。やや脈絡なく、文章のスタイルもばらつきがあり、全体としてのまとまりについてはかなり場当たり的にやりました。この詩は課題を抱えすぎていて、読み返すほど、どこから手を付けていいかわからなくなりますね。。 ところで、この詩には一つ大きな嘘がありまして、それは、母が実はまだ生きているということです。 いわゆる物語っぽい文章にまとめているならまだしも、エッセー調で書いておきながら、嘘が混じっている。これは不誠実な書き手ということにならないか、悩みました。が、ありのままに書いた場合にはたくさんの説明が必要となるので、いろいろと話をすり替えて、こういう感じで書いた方がまとまり良く伝わるかな、ということでした。 もしこの詩を読んでご心配をおかけしてしまった方がいたとしたら、お騒がせして申し訳ありませんでした、と謝りたいです。
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