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バグ
バグのようなもの、と思っています。 羽のないカブトムシが生まれるように。 魂の薄い人が生まれるように。 私だけが生まれるように。 脳みそのないひとが生まれたとして、果たしてそれは死んでるんでしょうか? ただのバグ、なんて気もする、んです。 だから、生きてていいんじゃないでしょうか、 死んでもいいから、 バグだもの。 そのぐらいで、丁度いい。 命とは、
バグ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1795.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 2
作成日時 2020-04-11
コメント日時 2020-04-16
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 2 | 2 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 2 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
初読の感想ですが、「バグのようなもの」の直後に「羽のないカブトムシ」が続くのは、虫のイメージがちょっと強調されすぎているかなと思いました。(調べてみたらbugはおよそ甲虫みたいのは一切指さないようでしたので、僕があほだからかもしれませんが。。) また、作品の読み手として選ばれなかったということなのかもしれませんが、小林素顔さんのおっしゃるようなものを僕はあまり感じませんでした。 むしろ僕がはじめ、読んでる途中まで感じたものは、優しさではなく迫力とか威圧感、悪く言えば傲慢みたいなものです。語るテーマの大きさや独白の調子、そして第三連でのやや一方的にもみえる断言などから、そんなふうに思いました。 ただ不快感はなく、むしろ最後まで読んだときには納得させられるものもありました。率直にいうと最終連で「あっ、これはなにか……偉い人なんだ!」という感じがして、まるで地獄の閻魔様みたいな、生死を知り尽くした人が語り手だったのだと感じました。この瞬間にテーマの大きさに対して語り手の存在感もまた突き抜けたものになり、両者のバランスがとれて、なんとも無視できない、もう一度最初から読み直すべきかなと思わせる力強さを感じています。キャラクターは一貫してるのに、描き方によって不思議な意外性を与える最終連だと思います。話題がより抽象的になったからでしょうか。 それにしても「バグ」という言葉は、人間の生物的機能の側面、生理学的な方向に寄った表現です。生理学的機能と社会的機能とはまた別のもののはずですが、優生思想に反対するのだとしたら、なにか少し皮肉な響きがするような気がしています。 なぜかというと、バグという言葉は「なにか正解があって」という前提のもとで「意図せずそれを離れたもの」を指すような意味で使われる言葉だ(と私が思っている)からです。生理学的機能におけるバグを社会的機能におけるバグのように対応して考えるのであれば、伴って社会的機能における「正解」というものも議論の前提に含まれてしまっているような気がします。しかしそれでは優生学者の手のひらの上、ということになる気がするからです。僕が感じた傲慢も、人間の社会的機能の「正解」の存在を前提としているように見えたからかもしれません。それはひょっとしてあるかもしれませんが、あなたは本当に理解しているのですか?というような気持ちになったのかもしれません。 スミマセン!まとまりがなくなってしまいましたが、いずれにしても、しばらく寝かせてからもう一度読み返したいと思わせるパワーを感じた作品でした!もしかしてまたコメントするかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
1最後の読点がいいなと思いました。とてもわかりやすい言葉で作られていて、どこかで聞いたことがあるような感覚を覚えるんだけれど、何か新しさがあるように感じられます。大人になってしまうと失われてしまう視線で描かれているからではないかなどと思いました。
1僕はこの先こういった言葉がもっと増えるのではないかと思っています。 ある種インターネット的なメッセージ性に、バグという単語がはまっていてとてもいいです。
1どうしても先月まで働いていた牧場の牛たちの顔がよぎってしまう、無職です。 バグだもの 仕方ないのだ 安楽死 そういう事がしばしばあったので、それくらいで、丁度いい、とは言えなくなっています。 牛のような経済動物はまた色々別なのですが。 この詩では人間は、それくらいで、ということでしょうけど。
1人間も牛も命なので、生まれてくるときに引く平等なガチャだと思っています。 長く生きたいのに家畜に生まれてしまったら、残念でした、としか言いようがない。 あまり命に求めすぎても、仕方ない気がします。 機械と同じで、バグがある。欠陥があるのが仕様と言われたら、受け入れるしかないし、別にこちらもそこまで求めていないし。 案外、命ってその程度のものなのでは、と思っています。 冷酷だと思われるかもしれません。 不快にさせてしまったら謝ります。 それが悲しいなら悲しくて良いし、 救えなかった命に対する責任感に苛まれ苦しいなら、 そんな責任はそもそも存在していないんじゃないかと、提案したい、 せっかく生まれたんだし生きられるだけ生きていれば良いんじゃないでしょうか、 そんな風に思っています。
0こんにちは 世の中を見渡してみたら、人々の心はコンピュータ制御されているものにばかりに向かっているように思えますね。けれど、この詩の心は生に視線が向かっていて魅力を感じました。 羽のはえない蝉とか、どれほどの人が 発想できただろう。 すくなくとも私の場合は この作品を読んで初めて、羽根のない蝉を想像しました。そして、世の中にスマホというものがあるので ついうっかり、羽のない蝉は異常なのかどうかを検索してしまいしまいました。(答は、書きません。) バグって、コンピュータ制御されたものに囲まれているエンドユーザ―にとって、どうしようもない我慢するしかないものですよね。わたしなんて、ついうっかり、最悪のバグを調べてしまいました。(死傷者のでるようなバグです。) >脳みそのないひとが生まれたとして、果たしてそれは死んでるんでしょうか? >ただのバグ、なんて気もする、んです。 ガーンと、頭を叩き割られた感じがしました。脳みその分量が少ない方は実際に、いらっしゃいますよね。そのような方々は、死んでいるんでょうか?と、この詩は問うている。ガーン。と、わたしの場合はなりました。率直すぎる そのような疑問を私の場合は、書けないです。すごいです。そして、その後の行を読違いをおこしてしまいました。 バグがハグに見えたんです。 なんだか、 ただのハグが、必要な気がしました。ありがとうござました。
1一応伝えておきますが、不快には思っていませんよ。 残念ながら、残酷なまでにガチャとしか言えない現実はあるわけですし。 生きていけるだけ生きていきながら、ただ、善くあるようにと思うだけです。
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