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日記 0404
家にある処方薬がすべてなくなった。家を出た。少し風は強いけれど、陽射しがやわらかく暖かい、泣きたくなるような春の日だった。こんな日に今から行うことを思うと寂しくなる。狭い歩道で向こうから家族連れがきたので、通れるように車道側に避けた。小さな子をおぶった母親が会釈をしてくれた。私はうつむくように顔を下げた。お年寄りや、自転車のおばさんにも道をゆずった。建物の中にはいろいろな人がいた。みんな二人連れだった。洋菓子コーナーを見つめる年頃の女の子とその母親。どちらを買うかで口論する仲の良さそうな夫婦。おじいちゃんとおばあちゃん。私は小さく、小さくなりながらマツモトキヨシに入って、すばやくレジ横に向かう。数年ぶりに買う咳止めは、昔ながらのパッケージのままだったが少し値上がりしているような気がした。中年の男性薬剤師のそっけない接客がむしろありがたかった。私はふつうの、ふつうの風邪ぎみの客をよそおう。袋は有料ですがどうなさいますか? いりません 受け取った青い箱をエコバックの中に落とす。ごちゃごちゃした食料品コーナーの喧騒をつっきり、建物の外に出た。信号はちょうど青だった。交差点の先のいつものコンビニで、慣れないお酒コーナーに立つ。度数の高いチューハイ二本を手にまっすぐレジに向かう。いつもだったら恋人と、どれにしよう?と会話を交わすスナック菓子のコーナーも今日は無視する。レジの高校生くらいの女の子にお酒を渡す。モニター年齢確認のボタンを押す。背後からありがとうございますというあかるい声がした。ひだまりの往来を歩きながら、自分の存在だけがいらないものに思えた。ばけものだと思った。きのうTwitterで「あなたがやめてほしいと何度もお願いしていることをいつまでもやめない男はさっさと見限るべき」というような文章を見かけた。そのことや、二年前の夏、山下公園の芝生に腰をおろして話をしたこと、出自のことや父親のことをめずらしく真面目な口調で話す恋人の横顔を思い出していた。階段を登りながら、私は気持ち悪い、私は気持ち悪い、と何度も口の中でつぶやいた。ドアを開けると、男がベッドに横になったまま、おかえり、と言った。私は返事をせず、部屋の隅に座るとチューハイをあけ、一口ふくんだ。ジュースみたいでたしかに飲みやすい。青い箱をあけ、瓶の蓋をあけ、中に入っているビニールを取り出した。男に目をやるともう目を閉じていた。本当は、昨晩作っておいた大根とまいたけと鶏肉の煮物を一緒に食べたかった。咳止めを4錠口に入れ、チューハイで飲み込む。1錠だけ口の中に残ってしまったので、もう一度飲み込んだ。また4錠、舌にのせる。少し甘い。糖衣をはがすのを忘れていたことに気がつく。したがない。今度はすべて飲み込めた。それを何度か繰り返した。男は寝息を立てている。外はどうしようもなく晴れているのに、すべてが遠のいていく気がした。瓶の半分くらいまで中身が減ったので、4錠だけ追加して、男のとなりで横になって、待つ。自分が自分を忘れて、ただの怪物になるのを待つ。
日記 0404 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1538.4
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 3
作成日時 2020-04-04
コメント日時 2020-04-27
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 3 | 3 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 3 | 3 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
「大根とまいたけと鶏肉の煮物」の信じられないほどの家庭的な響きがとてつもなく刺さる。 ステレオタイプな意見だけど、ODする人は家庭的、というイメージからは離れている印象がある(非日常性って言うのかな……?自分の周りに存在しない感じ。) 作品全編を通して、この非日常性、或いは日常にどことなく嫌気がさして恨みがあるような描写が続く。 そしてだからこそ、「大根とまいたけと鶏肉の煮物」が突き刺さる。 本当に一緒に食べたかったんだろうな。本当に。いや、本当に刺さる。 なんかこの感想書きながら涙出てきました。悲しい。
0このポエム?は描写が細かい もはやシブい感じすらする たとえば道の向こうから家族が来て道をあけてあげるとこ 詩の発想的にはこの描写なんかは飛ばしたっていい でも書いてある しかもどう会釈したとかも書いてあって これは小説的な文体なのかなと思った まあタイトルも日記だし こういう淡々としつつ丁寧な語り口のほうが「怪物」としての独白が効いてくるところもある いい作品だと思う 男と恋人は別人なのかなあ
0眠い人さん 読んでくれてありがとうございました。煮物のところをほめていただけてうれしいです。煮物はひとりで食べましたがおいしく食べたので泣かないでください……。 Um Fantasmaさん これを書いたときはあまり通常の精神状態でなく、そういうときはものごとの取捨選択ができなくて何もかも等価値に見えるので、こういう文体になってしまいました。それが作品に合っていたならよかったです。 ありがとうございました。
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