別枠表示
彼方まで
彼方まで ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1434.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 3
作成日時 2020-03-28
コメント日時 2020-03-30
項目 | 全期間(2025/04/04現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 3 | 3 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0.5 | 0.5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.5 | 0.5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0.5 | 0.5 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 1.5 | 1.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
最初の一行目から、引きつけられました。今日、私の街は雨です。
0好きなんです。こういうタイトル、表現。特に隣というとおい場所にしか私の「相槌」は届かないという描き方が。筆者様もそれを意識しているのか「相槌」が軸になっているように感じました。所々読んでいて気が逸れる部分がありましたが、全体として非常に品良く仕上がっていたと思います。
0コメントありがとうございます こちらは明日、雨の予報です。
0コメントありがとうございます 「相槌」を意識してみました。 精進します。
0おはようございます。この詩文を拝読して、私は 高村光太郎の「道程」を思い出しました。 それは、なぜだろう? >わたしは雨の隣にいる そして >隣というとてもとおい場所にしか >わたしの相槌は届かないようだ しかも >友と連れ立って歩く この冒頭の箇所で、雨は友であり 友は雨であり わたしには、この詩の相槌は雨のようにも思えたので 大自然に抱かれているような慈雨と言っても良いような遥かなものと一体化したかのような気がしました。 だから私は、昔に学校で習った高村光太郎の「道程」を思い出したのかもしれません。 たしか教科書には 短文の作品しか掲載されていませんでしたが、プリントで渡された「道程」の詩は長文詩でした。その超文詩を思い出しました。 おかげさまで、詩の隣という とてもとおい場所が いとおしくなりました。ありがとうございます。
0何か曰く言い難い良さを感じました。とおい親戚、わたしの隣には誰もいない、わたしはどうしようもなく相槌をうつなど印象的なフレーズが有り、「わたしが思い詰めるほど/彼方までの道は決まりごとを破る」の二行は決定的にいいと思いました。
0コメントありがとうございます。 詩の隣 いいですね いつも詩に傾いていたいです
0コメントありがとうございます。 褒めていただきありがとうございます。 精進します。
0