穴から男が這い出してくる。
男の背中は濡れていた。
しかし、そもそもの始まりは
テレビの天気予報だったかもしれない。
あるいは西部劇だったかもしれない。
(そのどちらでもあったと言えよう、あるいは。)
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やがて男は河のようなところで
からだを洗いはじめるだろう。
河の上手からなにかが
流れてこなくてはならない。
流れてくるのはもちろん黒いトランクだ。
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天気予報(あるいは西部劇)の途中で
テレビを消す。
部屋のとなりで女が
ケストナーの小説を読んでいる。
ニンシンしているみたい、と
女は言うかもしれない。
へえそうかい、と
返事をするのだろう。
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トランクの中には箱が入っていた。
箱の中には箱があり
その箱の中にはさらに小さな
箱が入っている。
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窓を覗くと、となりの家の窓が見える。
となりの家の窓から見える男もやはり
こちらの窓を伺っている。
二人は同時にカーテンをしめる。
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八番目の箱に水晶玉は入っていた。
光にかざすと底が白く濁って見える。
濁りは二つに分かれ、睦みあっているのか
争いあっているのか容易にはわからない。
窓の男は誰だったのだろう?
たちまち部屋の電気が消えた。
真っ暗な天井に穴が空いている。
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男の掌から水晶玉はころがりだした。
河底ではなく、穴の中にすいこまれてゆく。
男は決して追いつけない。
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天井の穴から
口の中になにかが落ちてきた。
水晶玉が溶けると目が覚めている。
男はきっとあの部屋にいるだろう。
河岸から這い上がり
思い出したように穴の中へ降りてゆく。
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しばらくして土がすべてを埋める。