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午前二時~三時
午前二時 産まれそうで産まれない子牛を親牛の産道から引っ張る 予定日より一週間半過ぎ、難産の恐れがある中 社長も誰も彼も寝ていて、対応できるのは自分一人だ 両前足が出て、鼻先も見えてきた ただ親牛が立ち上がったまま、座ってくれない 足を引き、顔が出てくる 粘液でぬめる子牛を抱きしめつつ 着ている服は容赦なく汚れる かけっぱなしのラブソングが流れてくる きれいにデコレーションされた言葉は 下手したら子牛が死ぬこの状況下 どこまでも空虚だ 社長も皆、眠りこける夜中 子牛は外に出たり、親牛の内へ戻ったり 親牛の力みに応じて外気に触れる それに合わせて、抱きしめこっちに引き寄せる 舌が動き、目が見えている 親牛は立ったまま 子牛の事を考えていない 子牛を地面に叩きつけないよう なおも子牛を抱く 今の有様はバケツでかけられたようなローションまみれで ラブソングの中では恋人同士が抱きしめあっていた 一旦、子牛を腹まで出して止める 飲んだ羊水を吐かせるため 産道の収縮で締め付ける ドロリと吐いたのを見て 再び引く 大量の液体共に流れ出た 倒れそうに放しそうになりながら、地面に横たえる 顔を上げ息を吸った 安産だ 子牛を専用ヒーターがきいたハッチへ運び 諸々がようやく終わった あの子牛はオスだった 死にたいと言葉を弄ぶ人がいる中で 二年後には食肉になっている牛のために真夜中に一人戦う奴もいる 証明を消し 家路へつく 一向に流れ続けるラブソングは 寝ている牛の耳に入り 何かを結実することなく 虚無に消え続けている 下手したらあの子牛は死んでいたかもしれない事を ラブソングは伝えもしない 今、午前三時 一時間後、仕事が始まる
午前二時~三時 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2065.5
お気に入り数: 3
投票数 : 0
ポイント数 : 40
作成日時 2020-03-09
コメント日時 2020-03-24
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 17 | 10 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 7 | 4 |
エンタメ | 4 | 2 |
技巧 | 5 | 0 |
音韻 | 1 | 0 |
構成 | 6 | 4 |
総合ポイント | 40 | 20 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.9 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.8 | 1 |
エンタメ | 0.4 | 0 |
技巧 | 0.6 | 0 |
音韻 | 0.1 | 0 |
構成 | 0.7 | 0 |
総合 | 4.4 | 3 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
ラジオから流れる音楽と、語り手の目の前の現実。その対比が妙に冷めたリアリティを生んでいると思います。 >二年後には食肉になっている牛のために真夜中に一人戦う奴もいる 一人称の語りで、これを言葉に起こしてしまうのは違和感がありました。 牛のためを想い一心不乱に戦う人間が自分で自分のことをこんな風に語るとは思えなくて。 見られている(読み手)ことを意識して書かれた、あざとさみたいな。 この部分を入れたいのなら、客観的視点の入る三人称にするなどの工夫があれば、またガラッと違って化けるんじゃないかなあ、と。
0>かけっぱなしのラブソングが流れてくる >きれいにデコレーションされた言葉は >下手したら子牛が死ぬこの状況下 >どこまでも空虚だ この感覚、わかるように思います。 今、世界中にウイルスが広がりはじめ、もう非常事態と言っていいこの状況下で、自分可哀想みたいなものを聴いたり見たりしても、心に響いてこないんですよね。 ラブソング自体を否定する気はないですけど。相手を好きなのか、相手を好きな自分が好きなのか。 夜野さんの指摘もわかるんですけど、どうなんですかね。多分、牛舎に勤めている人は一人じゃなくて、おそらくですが、一人の闘いをしている人は大勢いるという表現と僕は読みました。そういう意味で、僕はこの詩は羽田さんの真心を込めた、牛へのラブソングだと思いましたよ。 真夜中の たった一人の 闘いが 存在照明 終わらない火 羽田さんが短歌を詠まれていたので、僕も下手な短歌を詠んでみました。 お仕事大変ですね。お身体ご自愛ください。
0昨日の午前二時から三時にかけて本当に一人で子牛を取り上げていた、羽田です。 状況はこの詩にある通りになります。 難産じゃなくて本当によかったです。 それで >二年後には食肉になっている牛のために真夜中に一人戦う奴もいる ここですが。 子牛を取り上げて片付け終わったあと、そんなことを考えてしまったのです。 正直な実感がこれでした。 確かに改めて見ると、そう感じてしまいかねないですね。 それでもあの時の実感だった、ということで勘弁してください。
0ラブソングも状況により流すべきですよね。 ええ、悪くないんですけど。 で、夜野さんの指摘の箇所。 自分の実感だったんですよね。 いずれ食肉になる命に必死に助けているんだなと。 そんな牛へのラブソングだったかもしれません。 短歌感謝です。 短歌や川柳を書きますが、完全に自己流でちゃんと勉強している方から見れば穴だらけだと思うんですが。 未熟者同士、励みましょう。
0あの子牛はオスだった 死にたいと言葉を弄ぶ人がいる中で 二年後には食肉になっている牛のために 真夜中に一人戦う奴もいる この言葉がずるりと産み落とされた音に 反感をいだく若き希死念慮者はいるのでしょうね。 死にたいとうそぶきながらも 生きたさあまりに 手首を二の腕を切り刻み ホッとしたそのあとに 加工された血肉を旺盛にはみ 眠ってしまう そしてまた朝は来る
0確かに反感は抱く人はいるでしょうね。 だから命を大切にしろ、とまでは言いませんが。 それでも助けるのに必死になるだけの価値はあると思っています。 苦痛を和らげる助け、これは意味があるかと。 朝は来る 体液まみれ ホッとして
0お褒めの言葉、大変感謝です。 書いた甲斐がありました。 無事に出産を終えた親牛と子牛にも感謝。
0お邪魔します。うん、わたしは、この作品は詩として起こすよりも、日記風の記事として書いた方が強みが引き立つ気がしました。特殊な書き方では無くて、しっかりとした散文作品としてですね。詩として発表すると、どうしても言葉の技術や表現技法に目が行ってしまい、読者に言葉選びや強調の仕方の善し悪しを評価させてしまう。 というのも、わたしも夜野 群青さんと同じで、ただし、わたしの場合は全体に渡って、どこか面白くしようと書かれた形跡を見てしまうんですよね。 そんな風に見てしまうのは、先に『肉になる 牛看取りたり 死産の子』を読んでいるからかもしれません。こちらの作品は、繰り返して使われる文章や、生々しい表現が鬼気迫る切迫感を生んでいたんですよ。最初は単純なリフレインかな? と思ったんですけど徐々に効いてきます。上手いと言うよりも必死な感じが良く出ていた作品だなって思ったんですよ。 あちらと比べると、危機感はどうしても薄く感じてしまいます。今回はハッピーな終わり方ですから、いっそ、「こんな時間に食肉になる子牛を必死こいて救ってるなんて、最高に楽しいだろ~?」みたいな空元気の明るさを見せるのも面白いかも? とか思いました。 いずれ、この雰囲気なら、散文の文章を読ませる方がしっくりくるかなっていうのが感想です。馴染みの無いわたし達からすれば、面白くて興味深いお話ですからね。
0なんだかハードボイルドな感じ なんだかとてもリアル 私文学みたい これは詩だけど たいへんよきまるなのでは!
0あと四日ほどで牧場を退職する羽田です。 無理に詩にした訳ではなく、この形式が一番書きやすかったのです。 散文にした方がよい、というのは一理あるかもしれませんが。 記憶を遡り、情景をつづるとこうなりました。 面白くしようというより、あの時の感覚と思考を文章にして読みやすくしていった結果です。 (この工程が面白くしようということかもですが) 何分まだ困難が少ない安産でしたので、危機感はないです。 ベテラン獣医が苦戦するのに何回か立ち会いましたし、この詩の状況は年に一度はあるので。 それと空元気出す感覚は正直ないです。 月によっては15~20頭立て続けに生まれてくるので、いいから安産で生まれてくれとしか思えなくなってしまっています。 そのうちの何回かは難産や死産なもので、下手に感情や元気を出すより次々と作業をしていった方が楽です。そうじゃないともちません。 また子牛はそんな人間の事を考えずさらに生まれてきますし、牛は腹を空かせます。 機械や水回りのトラブルも起きて、気が付けば牛が病気になっていたりもします。 返事としては不満があるかもしれませんが、ご理解いただけたらなと。
0あの時は、「こんな時にこれか」と思ってしまいましたが。 これはこれでよかったかもしれません。 千才森 万葉さんへの返信にも書きましたが、何があっても次々に作業があるので、色々抑える癖がついているかもしれません。 だから伝わる事もあるのかも。 それを感じてくれた、ということでしょうか。
0実体験なので、リアリティがでたようです。 一つの記録という側面もあるかもいれません。 気に入ってくれたのなら、幸いです。
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