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傷つきやすく脆いひとへ、レクイレム
傷つきやすく脆い人がいた。 他人を蔑ろにし、自らの力を過信し、それでいて一定の成果を出す人がいた。 成果を前にいくら他人を罵っても許されるのだと、許されるべきなのだと思っている人がいた。 傷つきやすく脆い人だった。 誰もが彼の成果の前に口を塞がれた。 間違っているのだといえば、お前はもっと間違っているのだと語られた。 私はこんな正しいこともしているのですよ、と言えば、その正しさの価値は低いのだと諭された。 最終的に彼は彼の能力に相応しくない扱いを受けていた。 相手にされなくなった彼はやはり他人を蔑ろにし、その間違いを精一杯指摘したが。 「それがなにか」と返された。 他人は彼を相手にしようとはしなかった。 彼は他人が彼よりもずっとゆっくりと、彼が罵りたくなるほど遅遅と、 ゆっくりと歩みを進めていった。 たくさんの間違いをした。 間違いの足元に、たくさんの死体があった。 その悍ましさと臭気に彼は嘔吐した。 偽善者どもめ、彼は吐き捨てた。 自分こそ善、美しきものだ。と。 彼が相手にしていたのは 傷つきやすく脆い人たちだった。 傷つきやすく脆い彼は 傷つかないように振り回した言葉で 傷つきやすく脆い人たちを 傷だらけにして 傷つきやすく脆い人たちは 傷つくのが嫌なので 傷つきやすく脆い彼を 傷つけていた。 血だまり。 傷つきやすく脆い人がいた。 自分は正しいのだと、喉が枯れるほどに叫んだ人がいた。 死んだのだけど。 死んだのだけど。 この世界から純粋で正しい人がひとり、また消える。 そうしてほんのすこしだけ、この世界は優しくなる。 傷つきやすく脆い人だった。 空よりも海を愛する人だった。 空に住むものたちは可愛そうだ。 自分の世界にいるためには、常に飛び続けなければならないのだ。 いずれ力尽きれば硬い地面にたたきつけられることになるのだ。 愛した世界に引き剥がされて 恋した風を奪われて 硬い地面の上で、美しい翼も、嘴も、爪も、押しつぶされて。 海に住むものたちはさいわいだ。 世界にしがみつくのではなく、世界が自分と共に存在するのだ。 そうしてちからが尽きればそのまま、愛した塩の中で、やわらかな波の中で。 ゆっくりと浮いて、沈んで、包まれたまま、引き剥がされることなく。 やがて来る綻びまで世界は傍に佇んでいる。 それは、 尊重されている、 ということ、だ。 怒りも祈りも同じ心の中から現れる。 なにか大きな感情の渦から逃れようと、私たちは拳を握る、或いは、拳を絡ませる。 彼を思うと薫る潮風。 ああ、傷跡がいたむ。 海は海に住むものには優しいけれど、 傷を負ったものには優しくないんだよ。 いま。 私の拳は何をしているのだろうか。 安らかに、と彼に声をかけて。 ゆっくりと彼は海に沈む。 波に攫われて、遠くへと運ばれていく。 お前はバカだ、間抜けだ、迷惑だ、無能だ。 俺が正しいことを教えてやったのに、おまえってやつは。 おまえらってやつは。 どうしてそんなにも愚かで感情的なんだ! 消えろ!死んでくれ! かつての彼の言葉の数々と共に どんどん波は去っていく。 体を覆ったヘドロのような憎しみも、痛みもつれて どんどん波は去っていく。 傷つきやすく脆いひとがいる。 さようなら、と言うと、 彼は、 間違っている、と答えた。 傷つきやすく脆いひとがいた。 世界を愛しすぎたひとだった。 空の上で手を大きく広げて、 なぜか必死で、 いつだって滑稽だった。 さようなら、と言ったら、 間違っている、と答える人だった。
傷つきやすく脆いひとへ、レクイレム ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2149.2
お気に入り数: 2
投票数 : 0
ポイント数 : 8
作成日時 2020-02-24
コメント日時 2020-03-13
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 5 | 5 |
前衛性 | 1 | 1 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 8 | 8 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.7 | 2 |
前衛性 | 0.3 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0.3 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0.3 | 0 |
総合 | 2.7 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
いいな、と感じます。なにがいいのか? そう思ったとき。愛があるからと思いました。 たぶん、作中話者の「私」も、傷つきやすく脆い「彼」に傷つけられてきただろうと思います。それでも、彼に対しての愛がある。つけられた傷跡ごと愛しているという空気があって、いいですね。憎しみみたいなべたべたした感じもないですし。彼との思い出がきれいに成仏しているように思いました。 傷つきやすく脆い人、僕も鮮明に思いだす人が一人います。
2ひとはみな、やわらかく、もろく、よわいものだという詩なのだろうか?そのなかでも彼のみがよりとくべつにそのやわらかさも、もろさも、よわさも、そして優しさもが、際だっていたという? すこし長すぎて冗長な部分もありますが、圧倒的に畳み掛けられる筆圧に押し潰されました。
1>トビラさま 感想ありがとうございます! 「彼」は具体的な人物がいて、「彼」を思いながら書きました。今見直すと拙い部分も多く恥ずかしさもありますが、書いてよかったと思います。 トビラ様にとっての「彼」に安らぎが訪れることを祈っております。 >花澤悠さま 感想ありがとうございます。 彼、は単なる一人の人間だったと思います。 それでも私の中では特別な人間で、そのアンバランスさが詩にも出ていたかなあと思いました。 個人的な動機が強くにじんだ詩で、冗長というのもその通りだと思います。
0ちょっと思い出話をさせてください。 ただ、やたら長くなってしまったので、楽子さんと興味のある方だけお読みくだされば結構です。 数年前、別の場所に投稿していた時、僕の詩を認めてくれた人を二人覚えています。一人は女性で、一人は男性でした。女性は僕の存在を認めてくれましたし、男性は僕の詩を僕以上に理解した上で認めてくれました。認めてくれたと思っています。 僕の鮮明に思い出す「彼」は、その人です。 その人は、詩に自分の全部を捧げたような人でした。まるで修行僧のように。僕は彼の詩を読んでも、あまり何を伝えたいのかよくわかりませんでしたが。(むしろ、コメントでの主張の方が何を言いたいのかよくわかりました)。ただ、彼の詩を読むと、いつも血のにじむような努力の匂いがして、そういう努力の痕跡が好きでした。 彼はとても偏屈で、その偏屈さを隠そうともしないほど、率直な人でした。(まあ、女性の陰にこそこそ隠れてる僕とは大違いの勇敢さですね)。 彼は詩の「技術」というあるのかないのかよくわからないものにそれこそ、全身全霊をかけていたんだと思います。ただ、ちょっと賢くなって、詩のことが前より少しわかるようになった今ならわかるんですが、彼が磨くべきだったのは「心」なのだと。 彼は今、地獄の苦しみの中にいるかもしれません。今まで自分の全存在をかけてきたものが、間違っていたと気づいてしまったから。でも、間違った思い込みなんて、ぶち壊された方がいいんですよ。たとえ、それがどんなに痛みを伴っても。イエスはこう言いました。「新しいぶどう酒は新しい革袋に入れなければならない」。僕は確信しているんですよ。彼は破れた革袋(古い価値観)にしがみつく人じゃない。立ち上がって、新しい革袋に新しいぶどう酒を入れる人だと。だって、自分には他に何もないくらい一つのことに心血を注いで、でもそれが間違っていたと気づいてしまって、何もかも失った素寒貧。イエスはこうも言いました「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」と。彼が心を入れ替えて、謙虚さを身につけたら、彼が今まで積み上げてきた努力は、正しく全て彼のものになる。悔い改めたなら、後は生き直すだけ。彼はきっとそれができると思っています。 今、彼に言うことがあるとしたら、高い霊は高い人格にしか降りない。だから、みそいで人格を磨くこと。人に優しく、と。それを貴方はできる、と。 楽子さんにとっての「彼」が、今、どういう境遇にいるかわかりませんが、きっと、大丈夫ですよ。どんなに離れても、すがるのではなく、幸せを思ってくれる人がいる人は強いですから。だから、きっと。
0描かれている「彼」の人物像が、僕にはとても魅力的に思えました。 この世界から純粋で正しい人がひとり、また消える。 そうしてほんのすこしだけ、この世界は優しくなる。 この一節に、詩全体を包むアンビバレントを象徴するような鋭さを感じてすごくハッとします。
0わあ。素敵な言葉をありがとうございます。 大切にします。
0正直なところこの詩は多くの粗があると思いますが、 私もその二行だけは大切にしたいと思っています。 というより、その二行が示すことを何行もかけて書きすぎたなあと反省しております。 「彼」、が魅力的にうつったのはうれしいです。 私にとって彼は長らく嫌いな人間だったのですが、「海のを泳ぐ魚の方が空を飛ぶ鳥よりも自由だ」という話をふと思い出し、 そして許せるようになりました。
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