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ある夜のパケット
寒々とした夜の駅構内は乾いている。人々は今日の終わりか、明日への続きか、または昨日の連続かを、断片的に、かつ輻輳するように歩き、立ち止まる。 階段の踊り場に突然に立ち止まる大きなアジア人の男の背中。 プラットフォームをとても不安そうに歩いている女子高校生たちふたり。 白線の上だけを歩く巨大過ぎるリュックサックを担いだボーダーシャツの中年の男。 ありふれた夜のよく知る場面で、見知らぬ顔たちが入れ替わり立ち代わり現れ続ける。彼等の息遣いは圧するほどに近い。 短過ぎるタイトスカートから細い脚を際まで見せている最早老年に近い女。それに少し呆れながらもそばを離れない老人。 もう十分に夜だというのに塾帰りであろう子どもたちの上滑りな狂騒。そしてそばを通り過ぎるこんな夜にも輝いている美しい若い女。 誰もが皆、まったくばらばらに、何処かから来て、何処かへと向かっていく。 列車に乗り込めば、人々の表情がいっそう濃く押し寄せてくる。 混み合う車内で挙動不審な少々猫背の若づくりの男が、いま上目遣いのままこっそりと女の尻を触った。 醜い痴話喧嘩の夫婦の大柄な妻が小柄な夫をしつこく責めている。女という声が次第に大きくなっていく。 何処かへ帰るとも向かうとも不確かな老婆の崩れそうな大荷物と身なりの貧しさ。眠りもせず睨むような眼差しが固い。 そのとき電車が揺さぶられるように弾んだ。車窓から暗く広い水面と月が見える。鉄橋を渡っている。 不意に流れた多国語のアナウンスが、何故か耳にしたことのある誰かの自分語のようにも聞こえた。 もしも川面からこの列車を眺めても、そこにはそれぞれの乗客がいて、めいめい勝手に過ごしているように見えるだろう。 まるで自己というカプセルばかりが詰まっている函の内部のように、この列車の中は共感で満ちてはいない。 しかし、ここでは誰もが列車内という場面を持っていて、その中では誰もが誰かの場面に含まれている。ここでは誰もが個人という見知った意味の場面に閉じこもってはいられない。「ありふれた見知らぬ他人に囲まれている」という矛盾が、それとは感じないうちに互いを同期へと向かわせている。 己たちを起点とした波紋のようなパーソナル空間の認識が和となり差となって辺りに満ちている。このとき、車両はまるで1つのパケットのように鈍い銀のレール上を運ばれている。パッケージングされた車内の時計の針は全て同じ時刻を指し示す。そこに1秒の誤差もあり得はしない。
ある夜のパケット ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1358.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 3
作成日時 2020-01-13
コメント日時 2020-01-24
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 3 | 3 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 3 | 3 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
電車ってまるで社会の縮図ですよね
0コメント、ありがとうございます。 そうですね。切り取られた縮図ですね。 はい。あまり意識せずに属してしまった群れの一員となっています。
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