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詩 絵画ラウシェンバーグ「寺院」より
煩悩を花に秘めて 雑念を幾何学に封じて 今も宗教は流る 妖艶は石膏に 思い出は説法に 今日も宗教は流る
詩 絵画ラウシェンバーグ「寺院」より ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1703.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2020-01-01
コメント日時 2020-01-21
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
非常に短い作品だ。その中でリフレインされる「今も宗教は流る」という文が全体の印象を定める役割を担えている。
0今、から今日もへと変化することで拡がりを感じました。
0はじめまして、私はラウシェンバーグについてけして詳しくないので、作者名を検索にかけたところ、何枚かの作品は観たことがあると認識できました。観たことがあると言っても、芸術系のテレビ番組で観たことがある程度の読者です。私が観たのは、様々なものを、コラージュして一つの作品にしているという印象の作品でした。 前置きが長くなりました。本作品で重要なのは 宗教のようですね。 >煩悩を花に秘めて >雑念を幾何学に封じて ↑この部分は 曼荼羅を前にしているかのような心境になりました。 >妖艶は石膏に ↑この部分では、ローマギリシアあたりの石膏像が浮かびました ラウシェンバーグの絵は、様々な物のコラボでできあがっていることを想うと、 この詩も、東洋的なものと西洋的なものが意図的に組み合わせてあるということでしょうか? そして、一月という一年のはじまりにふさわしく 人々の思いが未来にむかっていることを示しておられる気がしました。未来に向かって進むではなく、流る。と、表現しておられるところで、なんとなく 行く川の流れは絶えずして元の水にあらず。と、いう言葉を想いました。 流れの先は、同じ海に行きつくような、そのようなイメージを持ちました。しかし、ラウシェンバーグは生前いつも今を切り取ろうとしていた芸術家だと聞いているので、この詩が描いているのも 行く先ではなく、今 現在。という瞬間のことを表現しておられるのかもしれないなあと、分からないなりに 鑑賞させていただきました。
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