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缶コーヒーを取りに戻ったら、ついつい冬眠してしまった昼の話。
秋は朽ち落ち、濃密な匂いを放ち始めた。 了を見失った色彩の波は、地平の彼方で振り出しへ 戻り、淡い気持ちに戸惑っていた過去の自分と逢瀬を 交わす。 一歩ずつずれる色の円舞に当てられて、詩作策士が 筆を噛む。白紙に乗らない叙情歌の音は、どうあがいて も平面上では育たない。 筆など置いて、その両腕に抱えるがいい。 童の囲んだ焚き火さえ、淡く見える山並みの深さを。 狂おしいほど心を揺さぶる三寸足らずの虫達の声を。 重なり続けた硬い落ち葉が年月さえも漉き込んで いるのは、土と風との薄い狭間に、しっとりと湿る 感傷的な温もりを住まわせるためだと、山鷹彦は 言っていた。 暮れる秋を愛おしいと思うのは自由だが、それは 一方的な思慕に過ぎない。愛おしさと憎しみを絶えず 交差させている抽象詩が暮れる秋の本質であり、人間の 心に彼のモノの気配を住まわせるには、激しすぎるし、 なにより濃すぎる―― とも、言っていた。 新たな喜劇を迎えるために散りゆく事を求められる 無数の形と、葬送を繰り返している諄いほど積み重ねら れた色とを同時に演出している季節。それだけは、風雅 に疎い私にも感じ取れた。秋とは、狂おしい感情を撒き 散らしている季節に、間違いは無いと思うのだ。 夏が乾いていたせいか、今年の秋は、特にぬかるむ。 言葉足らずな騒がしさが五感に雪崩れ込んできて、 街が夕闇に呑まれる頃には疲れ切った伝達神経が目眩 を起こし、ふらつく。 そのくせ、泣きたくなるほど繰り返し原色に当てられ た感性は、進化の過程で捨て去ったはずの本能を引き ずり出すのだ。無から有を生み出さなければ生きていけ ない原始時代において、誰しもが備えていた星産みの創 造力を思い起こさせるように。 脳の内燃機関に熱が入る季節。 この時期、疲れているのに妙に頭が冴えるのは、この 熱のせい。何気なく過ぎてく毎日の中で、秋特有の柔ら かく崩壊していく快感に、ふとした曲がり角でぶつかる ことが多くなった。 冬はまだ遠いんだろう。 茜が、なずんでいた。 色に呑まれた渓谷で、誰かとはぐれてしまったか? 青く延びた空を埋め尽くす綿雲の中に、大切な恋文 を落としでもしたのだろうか? 未練がましく何度も後ろを振り返りながら、稜線に 丸呑みにされていく夕日。 人間がセンチメンタルになるのはきっと、葉が一枚 舞い落ちる度、深みへと沈んでいく季節の速さに、 二本の足では追いつけなくなるからだ。仮に追いついた としても、その先に待っているのは寒い、凍えるほど 寒い季節でしかない。 人は、冬へ行くことは出来ない。 冬は必ずやってくるものだから。 止めることも付いていくことも出来ず、ただ、 見送るだけでは、心寂しくなるのも無理はない。 寂しいのなら、詩を飾ろう。 ギャラリーへと続く渡り廊下に、秋の詩を飾ろう。 左右の窓から望む景勝に、平凡な言霊を掛ける。 片や、太陽をくべられた空。 もう片方は、飛び火した暖色に飲み込まれる森。 燃える季節に、どんな色を差してみようか。 狂おしく盛る紅にさえ、溶けることない高貴な色を。 黄色に照る月の誘いにさえ、堕ちてしまわぬ光輝な色 を。 ああ。白く、輝く、眩しき、正しさ。 銀だ。 銀しかあるまい。 唯一の煌めきを誇る黄金に、神さえ忌み嫌う艮を 添えた色、銀。 無垢な色ながら、その本性は混沌。思い返せば、 歴史が動く時は、必ず銀色が人の手にあった。 さあ、綴ろう。 秋に銀を差した、詩を。 *** 『コスモス観覧車』 一緒に乗ろうと誘われたのは、秋桜が丘に揺れる頃。 仰ぎ見るほど高みへ登る、この観覧車は雲上の梯子。 夕日に溶けず紅に染まらず、銀の輪っかは丘に立つ。 手を引かれて一緒に乗った。 彼の名前はまだ聞いてない。 彼は小さな手品を見せた。 私が寂しくならないように。 彼は二節の歌をうたった。 私が悲しくならないように。 彼はほっぺにキスをくれた。 私が泣いてしまわないように。 彼の魔法が解けてしまった。 私がよそ見をしているうちに。 枯れ葉に変わり、パラパラ崩れる。最後にコトリと 頭蓋骨。 よく頑張ってくれたと思う。とっくの昔に土へ還って いたはずなのに。天使を名乗っていた彼を、手の平で そっと温めてあげる。 窓から見える壮大な景色を、命に彫って記憶した。 じゃあね、みんな。 さよなら、大地。 純白ドレスを身に纏い、白銀ティアラに忠誠を誓い、 頭蓋の骨を腕に抱える私は空へと嫁いでいった。 *** 『団栗と銀鱗』 どんぐりころころ転がって、ポチャンと落ちた川の中。 水は冷たく川幅は広く、まんまるどんぐり泳げない。 波にたたかれあっちにゴチン! 鳥につつかれこっちにゴチン! 苔水草はひそひそ噂し、泥ナマズたちがあざ笑う。 身を隠すことも出来ないどんぐり、ぎゅっと身体を 縮めたままで、夕陽に引かれ、ひたすら下流にくだる だけ。 急に流れが逆巻いた。大きな影に覆われる。 すうっと隣に現れたのは、光きらめく鱗を纏い、 扇のような大きな尾びれを舞わせて泳ぐ、銀の鮒。 透ける胸びれ広げると、私の身体を隠してくれた。 もう周りの目なんか怖くなかった。 三連ピアスの釣り針に、所々剥がれた鱗。 きっと彼は、いけない魚。それでも私は救われた。 嬉しかったと思えたんだ。 こんな激しい川なのに。彼は器用に流れを操り、私を 木陰に導いた。 善も知らない、悪も知らない。 小さなどんぐりだった私の、ぷかぷか浮かぶ幼い記 憶。 今も手の中―― 大地に張った根の下に、銀の鱗が眠ってる。 *** 誰も居ないギャラリーは、冬を控え閑寂としている。 秋の気配に浸ろうとも、ここは森のように色づいたりは しないのだ。 白と黒、壁にピン留めされた二色刷りの言の葉だけ が、新たな風を求めて佇む場所。しかし、冬の間は、 扉を開けることがないから、次に、この葉を揺らすと すれば、薫る春風を小さな窓から迎え入れた時だろう。 まだしばらく先だ。 まだ、冬を迎えていない。 このギャラリーの真ん中に、『かんからの箱』が置いて ある。 ああ、少しも変わらず転がっているその有り様に、 何故か安堵が広がった。変わりようが無いことは知って はいるが、それでも、いささか不安だったのだ。置いて 行かれははしないかと。どこかで、疑っていたのかも しれない。 私は箱を腕で抱えた。 膝を付き、前屈みになり、抱いた。 *** 『かんから』 それが音だというのなら、中に入っているものは 弾けば硬質な音を返して、摘まめば軽さに驚くような、 そんな物質なのだろう。 形は歪、尖り物。丸ならコロコロ鳴るはずだから。 しかし、確かめる術は無いんだ。カンカラカンカラ 鳴ってる間は、絶対に蓋は開かない。だから想像する だけの、硬くて歪な軽い物。 これが描写だというのなら、紛うことなき伽藍堂。 すっからかんの空っ宝。 *** 箱よ。 お前一人で冬は越せまい。私が一緒に居てやろう。 ギャラリーの真ん中で私は膝を突き、箱を抱えて うつ伏せる。思いの外、温かかった箱と共に春を待つ のだ。 雪は降る。 必ず積もる。 冬という季節に閉じこめられている間、私は唯々 ひたすら眠ろう。漂白の夢に潰されるように。 箱よ。 春の柔らかな日差しを浴びたら、その身をぷるぷると 震えさせ、弾けさせ、寝ぼけた私を起こしておくれ。 こんな私でも、一途に春を望んでいるのだ。 *** 『くさかんむり』 銀のヤンマが夕陽に溶けて、 黒いカラスは地蔵と眠った。 赤目ウサギが月に立つなら、 ならば、私は野に伏せよう。 焼いてくれるな野良法師。 私は未だに馬鹿の類で、 落ち葉に抱かれる方が良い。 春には花芽に化けてみたいのだ。 *** 箱買い。
缶コーヒーを取りに戻ったら、ついつい冬眠してしまった昼の話。 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1533.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 4
作成日時 2019-11-21
コメント日時 2019-11-22
項目 | 全期間(2024/11/22現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 4 | 4 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 4 | 4 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
いやー。見返すと直したいところがガツガツ出てくる。紅葉に虫の声はないな~。もう少し寝かせた方が良かったかも。でも、もう冬が来てしまうし。 そうそう、わたしのスマホだと一行が25文字だったので、それを意識して改行を入れてみましたよ。 沙一さんへ。 お読みいただきありがとうございます。今月はちょっと立て込んでおりまして、投稿は止めておこうかなと思っていたんですよ。危なかった。まさか、待っていてくださったとは思わず。大変有難いことです。 タイトルを考えるのはいつも最後になってしまって、最後の最後に方向転換をするなんて事も多いです。今回もそんな感じで、最初は硬い作品で行こうと考えていたんですよ。でも、タイトルを思いついてしまったばかりに(笑)最後を書き換えるはめになり、ポップな感じになっちゃいました。ただ、こういうのも好きな方は好きだろうなと考えて、このまま行かせてもらいました。もちろん私も好きですが、やり過ぎると評価が下がりそうだったので、おっしゃるとおりだいぶ抑えましたね。ポップになったせいか、どう読んでもお昼寝にしか…… コスモス観覧車をまず作って。この作品は、ピクシブを覗いていた時に印象的だった絵からイメージを起こして書いた作品です。コスモス畑に観覧車が写っていました。一つだけだと弱いかな~と、倉庫に眠っていた団栗の詩を付けて、お!?銀繋がりじゃん!だったら……とやっていたら、こんな文章量になってしまいました。長い作品でしたのに、最後まで読んでいただき感謝です。 ひたすら秋を書いてみたかった。 必ず来る。望む望まない関係なく。夜は必ず来る、なるほど。当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんけど、不意を突かれて出会うと、はっとしますね。うーん、必ず来るものなら、どう迎え入れるかを考えるのも面白いかもしれません。朝を踏んだのなら、もう夜から逃げることは出来ませんし、春を越えたのなら冬は必ず来るんでしょう。ギリギリまで逃げ続けるのも自由、舞台を整え盛大に迎えるのも自由。こそこそと隠れて怯えながら過ぎ去るのを待つのは性に合わないし、ぼぅっとしながら挨拶を交わすのだけは避けたいな~なんて、沙一さんのコメントを読ませてもらいながら考えてました。 こっちの冬は長いです。 秋の暖かな色を身に纏いながら、春の日差しを想い、ひたすら冬と格闘するのです。 冬が必ず来るものならば、春もまた然り。まだ見ぬ春と挟み撃ちで、冬を空の向こうへ押しやるのです。 なんて。
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