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砂糖水に浸して
じんわりとした鈍い痛みが 私のおなかをゆっくりと、 ゆっくりと撫でる (それは愛にも似ている。) 直に 生理が来るのだと思う 赤い血がまた 私から出ていってしまう 一カ月かけて。 私は。 私を更新する。 私は。 私ではなくなる。」 思いではあんなにも華々しい 憧れはあんなにも麗しい 湯気で曇ったお風呂場の鏡に映る 赤い頬の少女のように (その時が一日のうちで一番美しい。) 失くしたものを確かめるために 今日も お風呂を上がれば私は彼に手を伸ばす 強請って、 「それを頂戴。」って 強請って、強請って、 「それが欲しいの。」って 強請って、強請って、強請って、 失くしたものを確かめる それは、恋にも似て。 それは、愛にも似て。 狂気を孕んでいるように映る。 だから。 とても甘美なもののように思われる。 少女たちは。 砂糖水に浸して世界を食べる。」 愛しいことに。 本当に愛しいことに。 生と死は繰り返されている。 だから。 少女は毎月死を吐き出して。 私的で詩的な死を吐き出して。 素敵で素敵な死を吐き出して。 そうして。 何度も生を産む。 生と死を繰り返して。」 もしもし 世界は明日亡くなるよ 四十億の少女たちが 食べ過ぎてしまったから (彼女たちは過食症だった。) もしもし 世界は明日生まれるよ 四十億の少女たちが 吐いてしまうだろうから (彼女たちは過食症だった。) から、
砂糖水に浸して ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 874.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-06-26
コメント日時 2017-06-30
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
月経が訪れる直前の、重苦しい痛み、これは、男性にはなかなかわかりずらいものだと思いますが(その前後に、ホルモンバランスの関係で精神的な不調をきたす方も多いようです)〈それは愛にも似ている。〉という一節に、共感と違和感、双方を覚えます。 諸事情で妊娠を恐れている関係、である、と思いつつも(だから、不快な月経を心待ちにしている?) 一カ月かけて。 私は。 私を更新する。 私は。 私ではなくなる。 ここまで、大きな(自分自身の)刷新に到るような、感覚にまで至るのは、なぜだろう、何だろう・・・子宮そのものに迫って、流れていく(死んでいく)卵細胞に焦点を当てているのか。だとしたら、不妊治療を繰り返していて、命を待ち望んでいる、という設定、なのか・・・としても、少女のイメージが全体を支配している。月経を迎えると、まるで別人のように男性を激しく求める、そんな少女の豹変を描いている、ようにも思われる・・・。 性に溺れている間は、砂糖水にひたされた世界を味わっているような、甘美な気持ちになれる、ということか・・・世界を食べ過ぎてしまった、そんな状態を「過食症」と表現したのか・・・ 実際に過食症の苦悩を体験したことがある方なのか、イメージとして言葉を援用したのか、その部分で判断に迷うのですが・・・ 生と死、その観念性をとらえようとする意識にとらわれ過ぎている、という印象もあります。言葉の流れや詩形は美しいですが、少女と男性との関係性を、もう少し鮮明に(あるいは具体的に)知りたい、世界を食べる、という「大きな」テーマを、もう少し絞って、具体化してほしい、そんな読後感が残りました。
0じんわりとした鈍い痛みが私をゆっくりと撫でるのは、愛にも似ているのでしょうか。つまり、語り手にとって愛とは、じんわりとした痛みが伴うものであることがわかります。そして、赤い血が私が出ることは、一カ月かけて私を更新することで、私は私でなくなるということ。赤い血=私の産物であり、私の一部であり、私そのものでもあるとも言えるでしょうか。仮に赤い血を私の一部だとして、私は私の一部を失うことで、私を更新し、私でなくなっていくことになります。 続くお風呂上りの様子が(その時が一日のうちで一番美しい。)というのが、惹かれる表現でした。そして、唐突に現れる「彼」は一体誰なのか。それが誰かわからなくても、私にないものを持っている存在であり、私は彼に対して「頂戴」「欲しいの」と私にないものを強請ります。そうすることで、失くしたものを確かめるのです。 「それは、恋にも似て。/それは、愛にも似て」と、その「それ」が一体何であるのか、きっと、「失くしたものを確かめる」ということが恋や愛の原初であると推測しました。そして、失くしたものを取り返すためにも少女たちは世界を食べるのでしょう。それも砂糖水に浸して、甘くした世界を。 ここで作品の展開は、「私が失ったもの」から「世界」へと展開されるのです。私が失った私の血は繰り返されて吐き出されるものであり、直接的に言えば、一カ月のサイクルで生まれる卵子と吐き出される卵子であって、それこそが私が孕んでいる生と死のサイクルです。私が孕んでいる生と死のサイクルをジャンプ台にして、世界の生と死のサイクルへ移行されます。 「世界は明日亡くなる」のは、四十億の少女たちが食べ過ぎてしまったから。 「世界は明日生まれる」のは、四十億の少女たちが吐いてしまうから。 少女たちは(世界を)ついつい食べ過ぎてしまうから、胃袋の許容範囲を超えて、(世界を)吐き出してしまいます。既にある世界は、少女の胃袋を通って新たに生まれるのですから、全く同じ形で再生されるわけではないのでしょう。明日の世界があるのは、少女たちが世界を飲み込み、吐き出すことによってあるという世界観。吐き出してくれる少女たちに、何か感謝をしないといけないような、そんな気持ちになりました。 最後に、雑感なのですが、女性は生理の前後だか何だかに、やたらと物を食べたくなるという話を聞いたことがありますが、あれは本当なのでしょうか。作品とは関係ないかもしれませんが、そんなことを思い出しました。
0コメントありがとうございます。色んな事を感じてもらえてとても嬉しいです。 花緒さん 作者の性別で読みが変わる、と言う観点とても興味深く感じました。インターネットで匿名性に守られて詩を投稿していて一番楽しいのはどんな人が書いているのか全く分からないところなのかな、と。男の人が生理痛に対してどんなイメージを持っているのか、私も気になりました。性別は自分自身がとても縛られていると感じていて、それから脱却したいようなこのまま縛られていたいような、どうしていいのかわからなくなります。 まりもさん 生理の前後、とてもきついですよね。不安定になりすぎて、自分を見失いそうになります。愛にも似ている、の愛は、生理痛は体から零れ落ちていくいのちの愛だと思うからです。過食症の経験はありませんが、なんでもかんでも詰め込もうとして結局耐え切れなくて吐き出してた少女は過食症気味なんだと思います。テーマを絞りきれてない、と言うのはいつも言われていてやはり一番の課題だと痛感しました。これでも、当初の作品より三分の一ほど削ったのですが……もっとスマートに要点をつたえられるように頑張りたいです。 なかたつさん いつもコメントありがとうございます。生理はだばだば心配になるくらい血が出てきていつも自分の中身が全部なくなってしまうような気がします。血とは、やはり自分を構成する大きな要素なので。お風呂の鏡は不思議ですね。そこに映るときはなぜか自分のこともきれいにみえます。男の人は羨ましいです。なりたいものになるのにはやはり男の人の方が都合がよかったなって思ってしまいます。それと、彼の身体を通せば自分の性別を確認できるので。世界は全て女性のお胎を通って生まれてきているので、生まれることは吐き出すこと。なのだと思うので。あと、個人的には生理中はチョコレート系のお菓子をいつもよりたくさん食べたくなって食べています。
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