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みらいノ旋律
「ハイボクのミサイルはテキチをチョクゲキし、センキョウをイッテンさせた。ワレショウリセリ。カンキのミヤコへとワレ帰還スルノミ」 石畳の上を歩兵が歩いている。僕の視線は赤茶けた地面のヒビに沿ってはいずっている。肩に傷が入り、唇を血がにじむほど噛む兵士は、僕の心を断ち切らんばかりだ。 左手を動かせない僕の耳を刺激するのは 古馬車がぎしぎしと立てる音。 通りはむかし父母が食事をし、服を買った場所だ。 その母の皺という溝に落ちる涙を 他人は決して知ろうとはしない。 流せないはずの血が父の目からこぼれるのを 僕は見過ごしはしなかった。 父が母へと送ったメールには 「また会える日まで」の文字が打ち込まれている。 爆音でミシと揺れた家屋では 今日も娘というイノチが育っている。 赤子が生まれ巣立ちもする家で。 夢 立ち消えて 人死して尚 両親も僕も 植えた種の 行き先を。 決してはばめはしない。 もし誰かが街の外れで気が狂ったとしても。 それでも陽は人を照らし、また僕に陰をも作るだろう。 空から降ってくる、夢 夢 夢 夢 夢 夢 夢 あちこちにちらばる、そんなものが例え打ち砕かれても、僕の手をはさんだ車輪は回り続ける。友人からの手紙にはこう書いてある。 「娘さんはいくつになったかな。公園で一緒に遊んだのを思い出す。君の家の隣には留学生の寮があった。どこにいても異国の風は吹く。ただ僕の胸に吹き込む風は、少しだけ憂うつなものだ。明日には敵陣へ……」 文が途中で切れていることが、僕の身をよじらせる。 便せんは汚れ、しおれている。土垢さえ付いたままだ。出兵して7ヶ月の兵士である彼からの便せんは。 伏せていた顔をあげ、青く皮肉な空を見上げるとヘリからぎこちない声が届いてくる。 「クッキョウなセンシタチは、ショウドをシングンシテイル。ワレラのショウリは今、ダダメノマエにあり。ユウソウなセンリツはワレラのタメダケニ流れテイル。アオゲ空。ミトオセ未来」
みらいノ旋律 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2640.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 354
作成日時 2019-10-31
コメント日時 2019-11-20
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 51 | 4 |
前衛性 | 46 | 5 |
可読性 | 39 | 4 |
エンタメ | 61 | 2 |
技巧 | 71 | 5 |
音韻 | 33 | 2 |
構成 | 53 | 5 |
総合ポイント | 354 | 27 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 8.5 | 1.5 |
前衛性 | 7.7 | 1 |
可読性 | 6.5 | 1.5 |
エンタメ | 10.2 | 0.5 |
技巧 | 11.8 | 2 |
音韻 | 5.5 | 0.5 |
構成 | 8.8 | 2 |
総合 | 59 | 9.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
色々と想像を掻き立てる詩だと思いました。時代の幅を大きく感じます。 時間感覚がよくわからなくなる、不思議な感じです。僕の幼少時代~僕の娘がある程度大きくなる時代の時間、どこにも共通して、太陽、空、土の存在を強く感じます。 私には、「夢」という文字が、爆弾のように見えました。 左手を動かせないのは、「僕」も戦傷を負ったのかなと。全体的に静かだけど激しい感情を感じました。
0古馬車から100年以上前の過去と思いきや、メールという単語に現代性を感じさせ、流せないはずの血に気付けばSFかとも思う。 どのような時代背景でも、人は産まれて生きて、戦争へ赴く。 大本営のような声も響いて。 「僕」の諦めのような感情を強く感じさせるとともに、エンタメとしていい作品と思いました。
0エンタメにポイントも入っていますし、羽田さんもエンタメとしていい作品と評されています。 実際僕も、受ける印象がリアルさが薄いという意味で、エンタメ色を強めに感じます。ただ、戦争という重い題材を扱った作品として、エンタメ色が強いというのはどうなのかな?という疑問もあります。そこのあたりはstereotype2085さんの考え方なので、何とも言えないのですが。 ただ、今この瞬間もどこかで戦争は起きていて、血は流れ、哀しみは募っている。そしてそれは、僕たちにも起こりえることである。そういうことを作品にして声をあげるというのは、大事なことだと僕は思っています。ですので、この作品がより意義深いものになったらいいなと願っています。
0>僕の心を断ち切らんばかりだ。 感情の表し方として、強いです。 >「また会える日まで」 こんなシンプルな言葉も、父から母へのメッセージとしてみると、とても強い意味が伝わると思いました。 >夢/立ち消えて/人死して尚/両親も僕も/植えた種の/行き先を。 重要なことが書かれている、と、瞠目しました。頭を揺さぶるような言葉です。 stereotype2085さんの詩を読むと、詩というものを、優劣を目指して書いてしまうということは、 目がそれてしまうことであり、そうではなく、何を伝え何を作るかという本当の意味を、感じさせてくれる、 思い至らせてくれるということを思います。 生きるということも、そういう風にして、やっていくことをしたいなと思わせてくれる作品でした。 テーマを据えるということが、こういう作品を可能にすると思います、生き方についても、 いい加減に済ませてしまったり、逆に量的な優劣を目指してはいけないと、生き方についても 表現についても、僕は目を洗われました。
0つつみさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。夢が爆弾のようにも見えるというのは僕も意識しました。夢は爆弾のように破壊力があるものでもありますからね。夢や理想は革命や暴力的政変にも通じる。ダブルミーニングとして落下する夢は上手く機能したんではないでしょうか。ありがとうございました。
0羽田さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。人は産まれ戦地へ赴き、死する。これは戦場に限らず言えますよね。赤子の揺り籠に揺られながら育ち、いつの日か社会で戦う闘志となり死する。そういう宿命、運命的なものも描けていたらいいなと思います。エンタメ性はたしかに高いですね。ありがとうございました。
0トビラさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。エンタメ性が高すぎた、モチーフに比してという点は僕も意識しているところです。ですが僕はさぁ世の中にはこんな悲惨な現実があるから、戦争反対だ、戦争の悲惨を訴えようという気分にはならなかった。この詩はエンタメ性を保つことでより一層のメッセージ性を保てたと思います。ありがとうございました。
0黒髪さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。確かに詩で優劣をつけようという想いは僕にはないかもしれません。僕は元々音楽畑の人間なのですが、あるミュージシャンが「音楽は優劣をつけるためにするものではないからね」という言葉がとても気に入っています。自己完結。自分の詩の変遷、自分の人生の物語を美しく詩的な言葉で装飾する。それしか興味がないかもしれません。「詩のボクシング」というものが昔ありましたが、言葉って相手を痛めつけるものなんでしょうかね。僕はそう思いません。詩の表現が甲より乙が優っていた。甲が負けたとがっくり膝を落とす。さてそこで生まれるものは?ただ勝者の優越感?敗者の屈辱?全くのナンセンス。言葉は伝達し感じてもらうためにあるのです。だから僕は大好きなグラスバレー「空中回廊」の歌詞「人は争いが好きだからそっと抜け出したのさ」に乗って空へと飛翔するのさ。ありがとうございました。
0こんにちは バックトゥザフューチャーという昔の映画を、思い出しました。バックトゥザフューチャーは、デロリアンという タイムマシーンを搭載した車で 未来や過去を行き来する物語でした。そして、その時代時代によって 服装や科学の進歩が違っていました。この作品も、「メール」や「古馬車」が一つの作品の中に混在しているので、バックトゥザフューチャーを思い出したのです。 あともうひとつ、手漕ぎボートのようだとも思いました。この詩は近未来の主人公が過去を回想しながら、未来を想っているという物語であると読みました。手漕ぎボートは 行き先を背にして 元居た場所の方向を見ながら前に進みます。あんな感じで 昔を思い出しながら、爆音の中をゆっくりと かいくぐっていく手漕ぎボートのような筆致だなあとも感じました。 この作品のあらすじが 私には分かりにくかったので、確認しても良いですか? メールのやり取りが行われることが可能な程度に ごく近い未来に生きているの主人公の家が、爆撃で損壊している。そこで、女の子の生まれて育つ、その子は 主人公の娘。その娘の成長を気にかけてくれたこともある友人は、今はメールのやり取りは難しい事態に身を置いており、出兵の前の日に 便箋で手紙をよこしてくれたが、現在は出兵して七か月である。 という あらすじで、あってますか? つまり、私は 近未来の戦争をこの詩は 描いていると読みました。 この作品が きちんと読めている自信がないうえに、私の読みですと、これは未来の戦いの話ですから、この未来の戦いが本当に勝利なのかどうか、 よく 私にはよく解らないのですが、それでも私は 以下の詩句が とても好きです。(以下引用) 立ち消えて 人死して尚 両親も僕も 植えた種の 行き先を。 決してはばめはしない。 もし誰かが街の外れで気が狂ったとしても。 それでも陽は人を照らし、また僕に陰をも作るだろう。(引用 終) 余談となりますが、バックトゥザフューチャーという映画は できるだけ未来に本当に起こりそうな事柄を集めたらしく、映画の当時では 架空だったことが、現在では本当になっていることが、多々あります。たとえば、主人公を 子どもの頃から いつもいじめていたビフは、当時から すでに有名人だったトランプをモデルにしたみたいです。当時はなかったトランプタワーに似たモノが 映画の場面の中にありました。SF的要素のある作品は、たとえそれが エンタメ性が高くとも あなどれないことがあることを バックトゥザフューチャーは教えてくれています。そうは、言っても この作品のように 過去に経験した世界大戦みたいなことがおこることを 思うと、私は おそろしいわあ。けれど、 どのような事が起きようとも、たとえば誰かが街の外れで気が狂ったとしても。 それでも陽は人を照らし、また僕に陰をも作るだろうと思うと、絶望の底を眺めるような達観は、良いですね。 引用させていただいた箇所。とても気に入りました。読めて よかったです。ありがとうごさいます。
0るるりらさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。そうなんです。この詩は近々未来に起こるかもしれない戦争について多分にフィクションを交えて書いたものなのです。作品としてはもっと大きくダイナミックに舵取り出来たかなとも思いますが、自分ではそれなりに気に入っています。バックトゥザフューチャーを思い起こしたり、手漕ぎボートを連想してくださったりしてとても嬉しいです。特に手漕ぎボートの例えはとても詩的で的確。僕もるるりらさんの詩的着想、着眼の世界に連れて行ってもらえるようでした。そうなんですよ。SFというのは侮れないのです。もちろんこの詩で描いたような近々未来が訪れるのを僕は望んでいませんが、当たらずとも遠からずな時代が近づきつつあるのかなとも思います。不穏な世の中ですからね。今は。とにかくも読めて良かったとのこと。嬉しい限りです。ありがとうございました。
0仲程さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。10月の投票。惜しい!残念っ。しかしそれほど評価してくださり、また最後は考えた思いを一気に広げるような内容だったとの感想嬉しく思います。「アオゲ空。ミトオセ未来」という最後のフレーズはそのようなシンプルで美しく、向日性に満ちたものでも懐疑を差し挟まないといけないとの趣旨で書いたのですが、実は「アオゲ空。ミトオセ未来」という一節。僕自身はとても気に入っているのです。それを文脈、構成上の理由で懐疑的なフレーズとして用いなければならなかったのは、ちょっと辛く悩みましたね。結果的には良作に仕上がったので結果オーライの一面もあるかもしれませんが。とにかくもいい流れとの評価をいただき感謝です。ありがとうございました。
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