おそろいの不幸 - B-REVIEW
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おそろいの不幸    

 君とおそろいの不幸を着て歩く街は、いつだって輝いていた。  その不幸は君にとても似合っていて、その類の不幸のファッション誌でモデルになれる気がする。そう言うと、君はいつもちょっと嬉しそうに「バカ」って言う。その顔が見たくて、僕はよく「モデルになれるよ」って言ってた。本当にそう思ってたんだ。君が引くくらい本気で。  個人的な問題が一つあるとしたら、おそろいの不幸は、僕には全然サイズが合ってなかったということ。なんか袖か短いし、体もピッタリしてパツパツで、それなのに裾はものすごく長い。まあ、これはこれでお洒落なのかなって、自分を納得させてたけど。この前、電車で、「あれ、変なチャイナ服みたいじゃね?」って話してた人がいた。僕のことだよね。その変なチャイナ服みたいなのを着たヤツって、間違いなく僕のことだよね。とも思うけど、100%僕だという確証もないし、単なる被害妄想かもしれない。僕は被害妄想が強い傾向があるし。何より君が笑っていることが大事だ。  カフェで他愛のない話をしていても、楽しい。話してることは本当に何でもないことなんだけど、全てが色づいていく。でも、まあ、それはそれとして尿意は催す。 「ちょっと、トイレに行ってくるね」 「いってらっしゃい」  用を足して、手を洗い、ふと、鏡を見る。あれ? これ、誰だ? この気持ち悪い男は誰だ? 僕だ。いや、でも、でも、……うん。間違いなく僕だ。 え? なんだ、これ? 体の奥から震えがわきあがって、止まらない。ハンカチを取りだそうとして、落としてしまう。落としたハンカチをひろい、もう一度、鏡をしっかり見る。嘘だろ?  トイレから戻って、君の前に座る。 「どうしたの、顔色悪いよ? 具合悪い?」 「大丈夫」そう言って、紅茶を口に含む。  君が何か話してるけど、気持ちの悪い鼓動が止まらない。嫌な汗が出る。わかってしまった。わかってしまったからには、もう。うん。このままじゃ、ダメだ。 「あの、あのさ」  君は、何?、という目で、僕を見る。 「あのさ、このおそろいの不幸、着るのをやめようと思うんだ」  君の顔から表情がなくなっていく。 「なんで? なんでそんなこと言うの?」 「いや、ほらさ、このおそろいの不幸、君にはよく似合ってるけど、僕には似合ってないかな?って」 「そんなこと、ないよ」 「いや、でも、」 「そんなことない」そう言う君の目からは、涙がこぼれる。  とっさに君の方に、腕をのばしたからだろうな。バリッ。背中が破れる。驚いて体をそらしたら、バツン、ボタンが弾けて、君の顔に当たる。床に転がったボタンは、さみしい音がした。  君は顔をおおって泣きだす。僕は黙って、おそろいの不幸を脱ごうとする。でもうまく脱げない。仕方ないから、破れたところから裂こうとする。でも、うまく裂けない。何の素材でできてるんだ、これ? 力を入れると派手な音を立てて裂け、なんとか脱げる。涙を流して咳きこむ君の前で、脱げたおそろいの不幸を丁寧にたたんで、テーブルの上に置く。「ごめん」そう言い、伝票を持って会計に向かう。上半身は裸だけど、仕方ない。会計をしてくれてる間、店員さんの眼が思いっきり見開かれてるけど、それも仕方ない。  店の外に出ると、初秋の風が肌に直に当たって心地いい。ありがたいことに、上半身裸でもなんとかなりそうな、お日さまの暖かさ。それに反比例するような、視線の冷たさ。なんだか涙がこみあげてくる。でも、なんだろう、この解放感は。このまま涙を流しながら、笑い声をあげて走り出したい気分だ。でも、それはさすがに捕まるから、やめておこう。  これからどうしよう。 「待って」君が店から出てくる。 「ごめんなさい、ほんとうは、私わかってたんだ。おそろいの不幸が、あなたに全然似合ってなかったことも、街でも電車でも、どこでもくすくす笑われてたことも、子どもがあなたを見ると不思議そうにきょとんとすることも。ほんとうは全部、全部わかってた。でも、あなたがいつもおそろいの不幸を着てくれるから。ごめんね。優しさに甘えてたね」言い切ると、君はまた泣きはじめる。 「あのさ。今から、おそろいの幸せを一緒に探してくれるかな」  君は泣きながらうなずく。抱きしめると、前よりもっと君の温度を感じる。  これから、僕らはおそろいの幸せを探しに行く。もしかしたら、それはそれぞれの幸せになっていくのかもしれない。でも、きっとそれは二人の幸せにつながっていくんだ。僕はそう確信する。だから、お願いします。そこの道行く人、写真を撮ってSNSにあげるのだけはやめてください。


おそろいの不幸 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 5
P V 数 : 1845.6
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 8

作成日時 2019-10-27
コメント日時 2019-11-02
#テキスト #アドバイス募集
項目全期間(2025/04/06現在)投稿後10日間
叙情性22
前衛性11
可読性22
エンタメ11
技巧11
音韻00
構成11
総合ポイント88
 平均値  中央値 
叙情性0.71
前衛性0.30
可読性0.71
 エンタメ0.30
技巧0.30
音韻00
構成0.30
総合2.72
閲覧指数:1845.6
2025/04/06 10時55分45秒現在
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    作品に書かれた推薦文

おそろいの不幸 コメントセクション

コメント数(5)
/舜舜
/舜舜
(2019-10-27)

おそろいの不幸を夜な夜な飲んで、おそろいの不幸にチェックインして、おそろいの不幸を脱がして、おそろいの不幸を舐め合い、おそろいの不幸を装着して(いにゃ、めんどいから生で)、おそろいの不幸に、自分勝手に果てる。俺はどちらかと言えば、作中の女だな。 何より君が笑っていることが大事だ。と口では言いつつも、おそろいの不幸は作品にあるようになかなか脱げない。だから、おそろいの不幸顔で笑ってごまかす。 ま、それはさておき、おそろいの不幸がチャイナドレスであること、カフェでおそろいの不幸を脱ぐよ、と言って女を泣かせるくだり、上半身裸で会計する男、比喩としてでなく、どれも映像的に超具体的に想像できて、ちょっと笑える。あの恥ずかしい過去も今となっては、って後で笑えたら素敵。エンタメポイント、構成ポイント、入れさせて頂きまーす。あー早く俺も心まで素っ裸で抱きしめ合いたいなあ。気持ちEんだろうな。

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トビラ
(2019-10-27)

/舜舜さん、ありがとうございます。 >俺はどちらかと言えば、作中の女だな その言葉に、届くものがあったんだという手応えを感じ嬉しいです。 また、 >映像的に超具体的に想像できて、ちょっと笑える もう、その言葉を頂けただけで、書いたかいがあります。 ポイントもありがとうございます。 心と心まで重ね合わせたら、未体験ゾーンまで一気に飛んでいきそうな気もしますね。

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トビラ
(2019-10-31)

沙一さん、ありがとうございます。 形式として、散文で書くというのはけっこう意識しました。 >不幸や幸せが、観念的に上滑りしている感もありました そう指摘いただいて、たしかに幸せや不幸に対する考えの深め方が浅かったことに気づきました。そこはワンアイデアでそのまま押し切ってしまったなと、反省です。そいう意味で、もっと幸せや不幸に対する価値観や、考えなどを込められたらよかったかもしれませんね。

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エイクピア
(2019-10-31)

不幸を脱ぐあるいは脱がせると言う行為が興味深いと思いました。冒頭のお揃いの不幸みたいな表現。不幸と言う服のペアルック。不幸のファッションモデル誌とか虚構性が高いのですが、物語詩に厚みを付与して、詩的感興を高めていると思いました。

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トビラ
(2019-11-02)

エイクピアさん、ありがとうございます。 正直に書きますと、最初におそろいの不幸を着た男女というのが浮かんで、作品の全体像を考えたんですよね。それで、長くなるな、と。書くのがめんどくさいな、と思ってしまいした。なので、すぐには手をつけなかったんですよ。もっと詩らしい詩を書こうとか考てたんですけど、どうもしっくりこない。書いているものが、表現というより、詩的な説明文のような感じになっていて、これじゃダメだな、とちょっと煮詰まっていました。そのとき、ふと、これをちゃんと作品にしてみようと思い立ち、書いていったら、なにか楽しい。エイクピアさんが「詩的感興を高めている」と仰ってださった虚構のところもするする出てきて、一気に最後まで書き上げられました。個人的に、そういう楽しい創作体験をさせてくれた作品です。それだけでもありがたいのですが、こうして評までいただけ、作者として嬉しい限りです。ありがとうございました。

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