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去年の6月の話
ティファニーが欲しかった。 そんな単純な理由。 恋に落ちたとか、運命だとか、 そんなロマンチックな理由は一つもない。 ショーウィンドウの中の あのブルーの箱が欲しかった。 一度で良いから自分の物だと言ってみたかった。 夏の始まりに、 彼をデートに誘ったのは きっとそんな野蛮な理由なんだ。 思ったより簡単に手に入ってしまったけど、手放すのは簡単じゃない。 時間が経てば経つほど強く抱きしめて、終いには握り潰したの? 潰れた青い箱は、ただの可燃ゴミ。 ゴミの日は火曜日と金曜日、週に二回もやってくる。私を責め立てにやってくるの。 彼と出会った頃の私は、誰が見たって何不自由ない生活を送ってた。 学校で賞をもらったり、年上のボーイが口説いてきたりしてた。 だけど、いつもどこか満たされなくて、毎日名前のない憂鬱が私の周りをウロついて、鬱陶しくてたまんなかった。 何不自由ない、それが理由かもしれない。 いつからか努力をしなくなった。 頑張らなくても、何となくこなしていける毎日に私はどんどん乾いていった。 今朝は梅雨入りを告げるような雨が昨夜から降り続いている。雨の日の朝は目覚めが悪い。外は薄暗くて、朝なんだか夜なんだか分からない。通勤電車はいつもより混んでて、誰かの傘から滴る水滴が私のスカートを濡らした。 雨の日だから気分を上げたくてせっかくお気に入りを選んだのにね。 ホームでは朝から男が駅員に喧嘩を売ってる。大声を出したって何が言いたいのか全く伝わらないってのに。 くだらない朝。 いつもと変わらない朝。 ただ、雨が降ってる。 それだけ。 それだけのはずだった。 「俺雨って好きなんだよね。俺の地元さ、日本で一番降水量が多いの。だから地元を思い出して落ち着く。」 あの人の顔が浮かんだ。 最近は夏みたいに暑くて、思い出に浸る暇もないくらい多忙だったから、不意打ちのフラッシュバックに私は切なくて崩れそうだった。 鼻筋の通った黒めの肌にパーマがかかったくしゃくしゃの髪。 雨でよりくるくるしている前髪から覗く眠たそうな目が、たまにじっと見つめてくるから思わずドキっとした。 総じて特にタイプではなかったけど、なんか惹かれるものがあって、特にあの人の目はね、すっごく好きだった。私そういう顔に本当弱いんだ。 「ワンピース?珍しいね。可愛い。」 あの人はよく服装を褒めてくれた。 ワンピースと私、どっちが可愛いって? そういうあの人もいつもお洒落だった。 ちょっと質の良さそうなのを着てて、シンプルでセンスの良いコーディネートに長身のスタイルの良さが拍車をかけた。 こ綺麗な歳上のちょっと手の届かない感じの、会社の先輩。 実際歳は6個か7個は上だったけど、あの人は一生30歳みたいな感じだったし、私も大人っぽく見られることが多かったから大して年の差は感じてなかった。 あの人が会社を辞めると知った日、 当時付き合ってた彼と別れたんだった。 彼は同い年で、あの人とは正反対なカジュアルな服がよく似合ってた。スケーターでヒップホップばかり聴いてたけど、私に対しては一途で紳士なところが好きだった。 彼はいつだって私のことを好きだと言ってくれたし、機嫌を損ねたり、怒ったりしないから喧嘩もしたことなかった。 それで私は、 いつからか努力をしなくなった。 デートもお家で十分だったし、会えるということが大切で、隣にいるということが幸せで、遠出をしたり、特別出かけたりしなくても良かった。 彼はいつも旅行に行きたいとか、今日何する?って聞いてくる。 私はもちろん旅行にも行きたかったけど、 別に何でも良いじゃない?家で映画でも観ようよって、会社終わりにちょっと会って話すだけでも良かったの。 彼はいつも明日は泊まるの?って聞いてくる。 そんなの明日の気分次第。 前日から決めなければいけないの?って。 そういう些細なすれ違いが私たちの距離を広げていった。あの頃不満なんて無かった。不満なんて無かったことは確かだけれど、ずっと満たされないって泣いていたの。 乾いた涙が私を覆い尽くしていた。 カラカラの私とじめっとした梅雨の季節。 色んな思い出が蘇る季節。 愛しい人々を思い出しては愛を確かめる。 確かにそこに愛はあるのに、私には掴むことが出来ない。触れることは出来ても所有することが出来ないのだ。 誰かを好きになることは、 なんと簡単なことだろうか。 誰かを幸せにすることが、 なんでこんなに難しいのだろう。
去年の6月の話 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1245.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 10
作成日時 2019-10-19
コメント日時 2019-10-20
項目 | 全期間(2024/11/22現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 5 | 5 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 10 | 10 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 5 | 5 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 10 | 10 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
いわゆるライトな作品とお見受けしました。内容はありがちな失恋系と感じる所ではありましたが、最後までスラスラと読めてしまいます。魅力的な作品の中には一読しただけでは全く内容が理解できない難解な文章も多いのですが、私はそのような作品ばかりの場所に懐疑的です。難しい詩を読み込む楽しみの中に、本作のような軽く読める作品があってもいいと感じています。 他方、最後のオチはイージーにまとめすぎたのではないかと思料しました。本作は勧善懲悪といいますか、一方の視点でしか語られていない正義があります。最後に客観的な視点でその正義を壊してくれたら面白かったかも、などと考えました。
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