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坂道
もう何年も前のウォークマンだから音がちゃんと出てこない。ときどきブツッと鳴ったり、聴こえたり、またすぐ聴こえなくなったりする。 バリバリ、ガリガリ。風の音、電気の音だ。 あの思い出ばかりの坂道へ。 セミの声だ。そんなものを聴いていたはずだった。気が付けば、その音楽はとっくの前に鳴りやんでいたし、断続の音は比喩ではなくて、本当のセミになっていた。体中を冷たい水が流れていって、唇まで濡れるようだが、慰めにもならない。 懸命に、校舎へ向かう大きな坂を睨めつける。僕は両手の荷物に力を入れて、まるでなにか強大な敵をむかえるように歩き出す。 ポケットはウォークマンを突っ込んだままで、時々また、ガリガリとだけ聞こえてくる。セミの声と混じったりして、僕はそれを外したいと思うのだけど、そうならない。そうではなくて、この坂道を八つ当たりのように登るのだ。 濡れた体は日陰に入る。嫌な寒気を振り払うようにほんの少しだけ身をよじり、震える。 バリバリ、ガリガリ。風の音、電気の音。 そうして坂をどこまでも歩き、雲の上まで行ったのだ。もうずっと充電されないありとあらゆる電子機器は雨雲の中に投げ捨てた。小さないかづちがそれをとらえてバリバリと、聞き慣れたような音を立てて、あとはずっと暗かった。 地上で人を傷つけるかも知れなかったけど、気にするのにも無理がある。坂は、雲の坂だ。足を踏み外すより先に、重量制限に気をつけなければならなかった。ペンは一つあればよかったし、それもとうとう最後の芯を切らしてしまって投げ捨てた。 バリバリと、何度もあの音を聞いた。 僕はその行き先をさほど心配はしなかった。 確信していること、 全部、あの坂に落ちたのだ。 僕が最後方を歩いた坂へ。 小さな坂。 脱ぎ捨てられたパジャマみたいにバラバラになって巻き散らかされたあだな痕跡。 あの思い出ばかりの坂道へ。
坂道 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 975.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 1
作成日時 2019-10-05
コメント日時 2019-10-05
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 1 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 1 | 1 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文