ツキヨノ・ヒライサー - B-REVIEW
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ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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ツキヨノ・ヒライサー    

 閉、だけ自動のドアが閉まり、ぬくい空気をひきずって遠ざかる。ぴかぴかシルバーの塗装は、この駅には似合わない。  シブタカ、シブジョ、あるいはタカタカとか、ずっと遠く、の制服がぞろぞろと歩く。かぼちゃの中で一緒に笑っていた頃と同じ。  切符を差し出そうとすると、窓口のシャッターは降りていた。無人化のお知らせは泣き果てたOLのようで。所在なさげな切符をぎんいろの箱に入れた。  Suicaのパネル、しかない改札を抜けるひとたち。Suicaは使う気になれないなあ、定期の印字が残ったままだから。  おぼろげな記憶よりも薄汚れた駅舎の外、すっかりくらやみに包まれている。息は白く空に昇って天の川になった。ああ、月夜野だ。この町は、過激なあの円光にオリジンがある。  ロータリーに怪しく目、目、エンジンが温まっている。 「あれ、なんでいんの?」 シブジョの制服、に身を包み、赤いマフラーに顔を埋めて、背も伸びた。我が家の唯一神は、ありふれた少女になっていた。  そうだ。  ありふれることが大人になることなのだと、僕もまた、ありふれたように思い出した。 「母さんからなんも聞いてないん」 「うん。電車はたまたま?」 「たまたま」 「へえ、偶然じゃん」 「1時間に一本しか走ってないんだから、そんなおかしくなくね」 そっかぁ、と彼女は呟き、そうだろうか、と僕だって思う。 「意外と雪ねえな」 「もう溶けたよ。クリスマスはまだあったけど」 「へえ」 「あっちは降らないん」 「そう、寒いんだけどさ、全部山脈に降るから」 ロータリーの車も、あるだけの信号を待つ。国道の向こうで町は途絶している。 「昼間に見たかったなあ。いつだったかひさびさにそこから町を眺めて、川とか山とかばあっと広がってて、すげえ感動したんだけど」 「なんもないだけだけじゃん」 「見慣れてるからだろ、いつかわかる」 「ふうん、それならわたし、ディズニーでバイトしたいから、千葉大いく」 おもしろい、何がおもしろいのか、ちょっとありふれていないから?   あれ、この青信号はこんなふうに鳴いたっけ。 「お、駅坂、新しくなったんだ」 「大分前にね」  満面の夜びたし。てらりてらりとアスファルト、キャリーケースが疾走したいって。  駅坂は、ちょっとずれていて、広くなっていて、歩道なんてのもあって。こなれた帰り道とは、ちょっと違う。ぎゅっと持ち手を握る。  突然、長い長い坂の途中で、彼女は足を止めた。 「そろそろ来るかな」 なにが、と言う前に、ぴっと差した指。  町を重く沈めこんだ夜、メニスカスに眩く星がおびただしい。  ぽっかり、月。からはじまっている、月夜野。  外灯の光が耳元でしぃーん、澄みすぎた空気の匂い。  喉元に詰まったままの言葉を放とうとした、そのとき、   夜のどまんなか、あらわれた光子、点、てんてんてんてんてんてんてん、   まっすぐにかけぬけて、流星?   いや、車窓!   線路の鼓動すら液すみずみにさざなむよう、鋭い。   満月のずっと下、しゅーっと走って消えてゆく。  つちふまずに接続する、まあたらしい道路の血管、つむじへ疾走する、冷、寒。 「ね、銀河鉄道」 新鮮な血はとげとげしく、なじまない。 「知らなかったでしょ」 膨らんだ小鼻にはあどけなさが残り、だけど。いきをすって。 「かぼちゃ?」 「かぼちゃはもうないって。今のは新幹線。時刻表変わったから、ちょうど見れるんさ」 そうか、知らなかったことだ。 「観光名所にすればいいのにね。銀河鉄道の町、みなかみって」  みなかみ。  感心したふうに、ふうん、と漏らすのが精一杯で。  そうか、ここは塗りつぶされたんだっけ。  そうだ、月夜野は始発じゃないよ。  無欠のポエジーだった、全然知らない町で、全然知らない人に教えてもらいたかった、完全だったんだ!  ここは、走るかぼちゃ、ぱちっと切符を切る音、ただ綺麗な星空、月、狭くてカラカラの道路、祖父母、母、父、そして何も知らない妹、それだけの町だった、そうだろ。 「宮沢賢治、よく読んでたから、喜ぶかなって黙ってた。びっくりしたでしょ」 「ああ、すごいな」 「にいちゃんの本棚にあったから、わたしも読んだけどさ、すごいきれいな話だった」 昔は本なんて読まなかったのに。 「あ、そうだ。まじで申し訳ないんだけど、にいちゃんの部屋、私の物置になっちゃったから、今日はリビングに布団敷くって」 「おい、おかしいだろ」 可笑しいなあ、ふたりで笑う。  そうだ、そういえば、ぴかぴかシルバー、閉じたシャッター、にじんだはり紙、夜より強いアスファルト、明滅しない外灯、なごり雪より白い止まれ、浮かぶ線路、となりの女性、ぜんぶ、ぜんぶだ、ぜんぶが、おもしろそうに僕を見てた。  およばないところで、原点だけが、過激にのこっている。


ツキヨノ・ヒライサー ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 1
P V 数 : 1534.4
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 4

作成日時 2019-09-05
コメント日時 2019-09-08
#テキスト
項目全期間(2025/04/13現在)投稿後10日間
叙情性22
前衛性00
可読性00
エンタメ00
技巧22
音韻00
構成00
総合ポイント44
 平均値  中央値 
叙情性22
前衛性00
可読性00
 エンタメ00
技巧22
音韻00
構成00
総合44
閲覧指数:1534.4
2025/04/13 05時56分57秒現在
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    作品に書かれた推薦文

ツキヨノ・ヒライサー コメントセクション

コメント数(1)
水上 耀
(2019-09-08)

沙一さん、はじめまして。 拙作へのコメント、ありがとうございます。 個人的には少し青くさいかなという反省も残る本作ですが、「瑞々しい」との評価をいただき大変嬉しく思います。 >語られてはいないけど確かに存在する物語 を感じていただけたとのことでした。なにぶん詩としては比較的文字数が多いので、そのぶん余白がなくなり、文字数きっかりの意味だけを内包することになってしまわないか心配でしたが、そのように仰って頂けて安堵しました。 細部まで読み込んでいただき、感謝申し上げます。これからよろしくお願いいたします。

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投稿作品数: 1