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「残響」。
キリコの形而上宇宙で、少女は輪を転がしては 円柱の並び立つ夕闇に紛れて、永遠に戻らなかった。 残骸と化した中華街では、ガスマスクをしたレジスタンスが 猟奇と飢餓に染まる目を見せて、自動小銃を片手に笑い去っていく。 車を走らせても念仏めいた音楽が響き 経を読むような広告のキャッチコピーが耳をつんざく。 遠因?を探せばキリがない。僕はこの混じりあうカオスの最中で。あなたを見つけた。 幸運なことに。 (科学者はうそぶく。宇宙が存在するのはただ単に幸運だっただけだと)。 その幸運が波打つ最中に、僕はあなたを見つけた。 手を伸ばしているのは、近代都市にオマージュとして残されたダビデ。 悩ましげに彼に応えようとするのは、黒く髪を染められたオフィーリア。 僕は悲しげな様相を見せるオート・ウォークの向こうで、あなたを見た。 星、星、星。星が明滅する夜空で。 睫毛ににじむ雫はあなたの美しさの余り 身をよじらせて死を手招かんばかりだ。 脈拍は激しくなり、鼓動は眠ることを拒んでいく。 僕はあなたを通して、形而下の薄汚れた空き缶にでさえも夢を見る。 夢を見ることが出来る。 「さようなら」。別れの言葉は胸ポケットに仕舞って 今は前へ。 最後のインディアンの一人「イシ」は 今際を迎えても誰をも憎まず、誰をも疎むことなく ただ「生きていけ」と言葉を遺した。 彼の残像はメトロ・シティにこびりついたガム 吐き捨てられたガムに重なりながらも、消えずに木霊していく。 皇道の真っ只中で衝突するデモ隊と警官隊は 多分明後日の方へ銃の照準を合わせ、発砲してしまっているんだろう。 車に乗り込んでも、ラジオの残響音が耳にこびりつき 絶え間なく腹に打ち込まれる、コカインの気配をも見せている。 原因?を探すのは最早本末転倒だ。僕は足も手も装具だらけのこの街で、あなたを見つけた。それだけでいい。充分だ。 御霊を探し、千鳥足で足を踏み出すのは、看板に落書きされたナポレオンの肖像。 彼に応えるのは、落ちぶれた娼婦紛いのマリー・アントワネット。 僕は悲喜劇で分かたれるムービング・ウォークの向こうに、あなたを見た。 地雷で足を失った少年はやけに夜目が利くらしい。 彼が人差し指で指し示すのは、あなたの姿態。 あなたの美しさの前ではどんな悪口も野ざらしにされる。 僕はあなたの前では死を間際にした、まさに「イシ」そのものだ。 僕はひたすらひれ伏すばかり。形而下に破り捨てられた新聞紙が風にあおられる、そのただ中で。 僕は灯籠が照らす夜道を歩き、夢を見る。 いつこと切れても、それで充分だと思える夢を。 「さようなら」。別れの言葉は懐中時計に仕舞って 今は前へ。 綺麗なお金や汚れたお金が、人々の手から手へと行き来する中で、その生業に自分が関わっていようとも別に構いはしない。僕はあなたに出会えたことを歓びに変えて、すべては息をするように、呼吸をするようにあなたを感じるために。 今は前へ。
「残響」。 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2834.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 54
作成日時 2019-07-31
コメント日時 2019-08-25
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 2 | 2 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 50 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 54 | 4 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0.3 | 0 |
前衛性 | 0.7 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 16.7 | 0 |
技巧 | 0.3 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 18 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
やっぱりこのサイバーパンク感は魅力的だなぁ。こんな世界観の散文とか掌編小説をすごく読みたい気分です。
0インディアンのイシが印象的でしたが、他にもいろいろな人物が出て来る。やはりインディアンは滅ばされ、辺境へと追い込まれるべき存在なのでしょうか。
0survofさん、コメントありがとうございます!そうなんですよ。この作品には独特のサイバーパンク感があるのです。そこにキリコの絵画世界や、ナポレオンの肖像などが盛り込まれている。夜目の効く少年などは未来化された都市における、寂れた場所の「倦み」や「弊害」をも表していていいですね。僕個人としてもとても気に入っています。悲劇的な様相が全体を覆っているのですが、出会えたあなたに救いと光を求めるロマンティシズムも表現している。書きためていた作品はいくつかあり、どの作品を投稿しようか迷ったのですが、これで正解だったなと思います。 この世界観の散文とか掌編小説。笑ってしまいますが僕も読みたいです。では一先ず手前味噌ですが僕が五年ほど前に書いた短編小説「花魁の残り火」 https://ncode.syosetu.com/n7308cd/ をどうぞ。
0エイクピアさん、コメントありがとうございます!イシ。本当に印象的ですよね。彼は部族の最後の一人として生き残り、結果開拓者の村へと投降?したのですが、語学にも通じ、コミュニティにも馴染み、大層慕われたそうです。その彼が遺した言葉が「あなたはいなさい。私は行く」。敗北を粛々と動じない心で受け入れ、尚且つ人類規模の視点を持っていたであろうイシは多分、原住民の敗北は決して「死」ではないということを知っていたのでしょう。僕はこのイシのエピソードを思い出すたびに宇宙的な視野を持てるようになり、心が広まるのを感じます。もし仮に日本人が何かのきっかけで没落を余儀なくされていくとしても、僕はイシのように従容としていたいですね。もちろん最後まで抵抗し、戦いはしますが。僕が最後の一人となったのならば、悟性のようなものが僕自身にきっと芽生えることでしょう。
0おはようございます。全く関係ないかもしれないことから書きます。ギリシャ神話に「パンドラの箱」という有名な話がありますが、エピメーテウスが好奇心に打ち勝てず箱を開けてしまう、それを見た兄のプロメーテウスは慌てて蓋を閉めたけれど、その時は既に遅く世界に悪いものが放たれてしまい、箱の底にわずかに「希望」が残された、というやつです。私はこの話が好きなのですが、たまに聞く解釈では、「どんなに不幸でも希望が残っている」みたいな感じなんですね。多分、それで正しいのかもしれない。でも、私はちょっと違う解釈もしていて、「最後は希望しかない」なんです。たくさんの不幸の種が広がってしまっても、「希望が残っているから大丈夫、まだ終わってない」みたいなのではなく、「世界中に不幸は広がってしまった、もう終わりだ」みたいな感じ。で、終わってしまった世界に残されてなお生きようとすると「希望をもつ以外ない」という考えが出てくる。ハナから希望というものがあって、それが残るのではなく、世界に対する明るい期待や幻想が暗いものに覆われてしまった、そのあとに、遅れて出てくるのが希望なんじゃないかと。でなければ、最初に蓋を開けた時に、希望も外に出るよねって話で。笑 この作品ではいきなりキリコの絵が出てくるので、不穏や不安を掻き立てられるのですが、カオスといえばカオスで、ディストピア感に満たされています。でも、その中で「あなた」を見出す。「前へ」出ようとする。あー、これは「希望」だなぁ、と思った次第です。
0いきなり逸れますが、本作を読んで初めに思ったのは「これぞstereotype2085作品だ」ということです。様々な歴史上人物を掛け合わせ、そして上手く混ざりあっている点、読み込めば読み込むほど、読み返すほどその詩に内包された深さに驚く点、そして最後にタイトルへ帰結し、その詩の言わんとするところをあれこれ想像出来る点、本作こそ真骨頂だな、と感じる次第であります。 「イシ」なる人物(私は存じませんでした)のエピソードを土台として、まさしく「残響」の如く過去の偉大な人物が現代の街並みに残されているかのようだ、と考えていた矢先、主人公とあなたが徐々に映し出される。生業、とあるので、きれいなお金のみならず汚いお金にも絡んでいるかのような含みを持たせた表現を「別に構いはしない」と打ち捨て、主人公に残るのは「あなた」であり、それもまた「残響」のようなのだろう、という感じで読み終われます。 うーむ、まだまだ深くありそうです 笑 本作を完璧に味わおうと思えば、形而下学を勉強しなくてはいけなさそうですね。
0沙一さん、コメントありがとうございます!ナポレオン、マリー・アントワネットなどは確かに今は故人であり、存在していませんが、実際に歴史や人々の価値観に影響を与えた人物であり、アイコンとして今でも多種多様な意味合いを持つ存在だと僕は捉えています。その点沙一さんの仰る通り、「いまなお残像として都市のかたすみに顕」れているのだと思います。僕の詩には古今東西の著名人や、名を成した人の名前が出てきますが、その多くがアイコンとして複合的な意味を託され、シンボルとして多面的に機能するように使われています。今回のマリー・アントワネット、ナポレオンなどはその代表例で、特に「千鳥足で足を踏み出すナポレオン」「娼婦紛いのマリー・アントワネット」は読み手に波動のようなインパクトを与えるという点で非常に成功し、詩に多様な彩りをもたらすのに寄与したと思っています。また沙一さんの表現を借りれば、もし「すでに終わった星の光が、地上に届」いていることを世の人々に知らせることが、詩人の役目の一つならば、僕は今作において詩人としての大きな役割を果たせたのだとも思います。「この作品自体が、もっと大きな物語の『残響』のよう」という評価は喜びにたえません。沙一さんの論評そのものが、詩的で壮大、そして美しく、このようなコメントをもらえたことに感謝しきりです。ありがとうございます。 さて!ここまでが返信ですが、ここでビーレビュー運営として大きな頼み事を一つ。実は沙一さんに次々回のビーレビ公式ツイキャスのゲスト出演を打診したいのですが、いかがでしょう。沙一さんにフォロリクをお送りしているのですが、残念ながらお返事がなく。もし公式ツイキャスゲスト出演を検討願えるのならば、@keisei1 もしくはbreview.works@gmail.com宛てにご連絡ください。こちらの掲示板での回答も可能です。ではどうぞよろしくお願いします。
0藤一紀さん、コメントありがとうございます!僕も大好きです。パンドラの箱の物語。「鈴なりの混沌」やこの世のありとあらゆる悪が箱から飛び出したのちに、残っていたのはただ一つ希望。素晴らしい物語だと思います。同時に人間の感情の核心をついているとも思います。しかし藤さんのコメントをお読みすればまた一つ違う解釈があるようでとても興味深いです。最後に残ったのが「希望」ではなく、もう「希望しかなかった」という解釈。これはこの詩にとても近い感覚があるように僕には感じました。外面的に見える世界と、内面的な世界の混乱、秩序の乱れの最中、「あなたを見つけて」「前へ」進む。この描写はあなたがいたから良かったという楽観的な意味合いもありますが、あなたを見つけたからこそ「もう前へ進むしかない」という悲壮な、ペシミスティックギリギリの感覚もあると僕には思います。その点藤さんのご指摘はとても的を射ている。タイムリーな物語の引用だったと思います。そして最近僕は思うんですよ。詩人はその前へ進む一歩を後押しする、希望を見い出す力を付与するのも役目の一つではないかと。詩人に使命、役割があると考えるのは半ば傲慢で、ナンセンス極まりない考え方でもあるのですが、僕が憧れ、目にしてきた詩人の詩は僕の人生においてそういう役割も担っていたと感じています。何れにせよギリシア神話を引用してのコメント感謝しきりです。ありがとうございました。
0タカンタさん、コメントありがとうございます!海外のトレンド。確かに知っていた方がいたように思います。日本という土壌、文化的風土には島国ゆえのズレ、認知の歪みのようなものも生じる可能性があるでしょうから。ただ同時に僕は日本という島国、多くの大陸的な争いから隔絶された場所、国だったからこそ育まれた価値観、可能性、感受性のようなものが日本人にはあるとも思うのです。そこから何かを、詩でも創作物でも何でも発信出来たらいいですね。みなで切磋琢磨していきたいものです。貴重なコメントありがとうございました。
0ふじりゅうさん、コメントありがとうございます!「これぞstereotype2085作品だ!」との評、嬉しい限りです。確かにこの作品には僕が近年、特にビーレビュー運営に就任するかしないかの時期以降に育まれた手法、技術の多くが用いられています。ナポレオンやマリー・アントワネットなどの名前のアイコニック、シンボリックな使い方については既に多くの文面を割いたので、ここはオート・ウォークやムービング・ウォークを使った箇所について幾つか記述を。オート・ウォーク、ムービング・ウォークを僕は同じ意味合いで使っていますが、好きなんですよね。人々が機械的に行き交う場所で一瞬、刹那見いだせる美しさ、あるいは愛募の対象としての「君」といったものが。僕はこの作品ではオート・ウォーク等を使いましたが、古くはあるいは懐かしくは「交差点の向こう側に」といった描写が僕は好みなのです。キャッチーですよね。理由なく、理屈いらずでドラマティックです。そして同時に皆が想像しやすい。ポップなんです。原型や原点はポップでもいいと思うんですよ。そこをどう換骨奪胎するか、あるいはそのポップな表現の核となる部分を基点としてどう飛躍するかさせるか、新しい地点に到達するかさせるかが大事だと思うのです。そうすれば昔好きだったものの理由などが分かり、昔好きだったものを古いとかチープとか言って後年否定せずに済む。それが人生自体も不幸せにならずに済む方法の一つだとも思うのです。クリエイターの生きがいの一つは、表象を幾度も変えながら、原点からは決して逸れない幸せをコントロールできることだとも思うのです。ちょっとクリエイター幸せ論のようにもなってしまいましたが、創作家は次々と新しいものを取り入れざるを得ないからこそ、原点を忘れないでいたいという。古きを知る姿勢を保っていたいというそういうお話でもありました。とにかくも深みを堪能していただけたようで嬉しいです。ありがとうございました。
0stereotype2085さんは21st century boy のようなSF路線を走れと言い続けて来ましたが やはり、このサイバーチックな雰囲気を出すのに長けていますね 此処にルーツであるテクノミュージックが上手く落とし込まれていると思われます 今回の残響はビシッと決まったかのように思っていました しかし一か所だけ分からない場所があります >(科学者はうそぶく。宇宙が存在するのはただ単に幸運だっただけだと)。 ここが上から読んで次を読む時に異物のように感じます。 ( )にするほどの重要さもいまいち伝わりません。 ここが何故必要か分かれば、また良くなるのですが解説を求めます。
0おはようございます。 かっこいい作品ですね。高速で北極星の周りを星々が回っているみたいに言葉が回っている感じがしました。キリコの形而上宇宙という絵画自体が、 ひとつの恋愛詩のような気がしました。あまりにかっこいいです。映画が一本つくれそうなくらいに道具立てがたくさんですね。つい真似をしたくなりました。 ***************** 【メタフィジカ】 僕はこの混じりあうカオスで 君を見つけた まぶたとじめれば 幻惑の メタフィジカ ムービング・ウォークで止まったまま遠ざかる君しか ムーン・ウォークで後ろむきに進む僕にしか さようなら なんて いえないけれど 既成概念の崩壊したナポレオンとオフェーリアの悲恋 自動小銃が経を読んでいるかのような殺戮の機関銃トークをくぐりぬけ 廃墟と同意語の近代都市に きみだけを想う 睫毛ににじむ雫 息をするように、ふるえながら光る 君に出会えたことの歓び まさに「イシ」 風に煽られる新聞紙 君にまとわり はがれていく ラジオからもれている笑い声 残響音が海になる ビーナスが波間から現れる 姿態を人差し指でさししめす まさに「イシ」
0貴音さん、コメントありがとうございます!SF的でサイバーチックな作品を作るのに長けているとの評価、とても嬉しいです。僕自身この作風が僕の作品の中核になるのかな、とも思っています。ミュージシャンのアルバムで言うなら主軸は「『残響』。」路線で、クッションとして物語性を高めるためにも「忘れ得ぬ人」や「君が死んだのは果たして…」がある感じですね。ビシっと決まりましたね。本当に。だがしかし科学者はうそぶく、の()を使った理由が分からないとのこと。これはですね。詩的な思索をしている、または詩を実際に作り上げている話者が、不意に自分の思考に飛び込んできた「自分のものでない考え」に詩作を中座させられて、黙想のように想い起し、それを退けたという意味合いを持っているのです。次は()を使わずにこの狙いを表現しようと思いますよ!何れにせよ絶賛に近いコメントありがとうございました。
0るるりらさん、コメントありがとうございます!映画一本作れそうな道具立てがたくさんとの評、嬉しいです。今さっと読み返してみましたが、これでもかとばかりイマジネーションを喚起する小道具が出てきますね。次はこの作品に自惚れることなく、もう少しスリムな作品も作ってみようかなとも思いました。さて!大切なのはるるりらさんの返詩ですよ!ありがとうございます。とても嬉しいです。メタフィジカなんてタイトル。本当にカッコいいですね。内容は僕がこの詩で表現したかったこと、中心にある部分。女性賛美と美化、ロマンティシズム、出逢うべき人に出逢えた歓びなどがより一層色濃く表されていると思いました。「廃墟と同意語の近代都市に きみだけを想う」などは僕の詩ではそこまで直截に表現されていませんが、更に輪郭がはっきりさせる効果があり、いいですね。「まさに『イシ』」のリフレインや「風に煽られる新聞紙 君にまとわり はがれていく」は、寂寥の中の強烈な愛募が描かれていて、僕の描きたかったことが伝わったんだと嬉しく思います。にしてもるるりらさんどんな作風でもこなせますね。素晴らしいです。驚きます。返詩をいただけてこの作品を投稿して本当に良かったと思います。ありがとうございました。
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