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落ちていく
夜のカーテンのように、深夜のゴルフセンターがその巨大な姿を寝静まった街に立ち上がらせ、そしてゆっくりと視界の背後に消えていく。国道のセンターラインは映写機の秒読みを続ける。3 3… …3 22 ………。法廷規則限界の直向さでサイレンは前方を走り続ける。やがて救命措置は減速した後、左折して消えていく。その一方、法廷速度二倍の速度でタクシーは死へと足早に過ぎ去っている。明滅するライト。明滅する呼吸。今この瞬間が永遠ならば、確実に死はここにやって来るだろう。死はある時ある場所についての過去・現在・未来。左に90°、もしくは右に90°の回転が死への借用金でぐずついている。タイヤの存在は殺菌消毒されてしまった。無味無臭のスピードに運転席は深い呼吸をついている。天板は必死に車にすがり付いている。無味無臭のためにあらゆる手段がとられる。選択のための必要措置。そして自己責任。そして快適な運転。そして快適な車上コミュニケーションツール。そして快適な人生。そして… 遠い昔、月は夜半の寝ぼけた犬に埋められてしまった。空気穴から彼の寝息が聞こえる。随分前から彼は諦めている。「眠っているのですか?」…返事はない。辺りには誰もいない。僕は右手を口元に添えて小さな声であやまる。「ごめんなさい。」 3 3… …3 2 ……… 1 プツン 商用電源が落ちて自家発電に切り替わる。あらゆる動力が死んでいく。UPSだけが涼しげに眼を伏せている。常夜灯が灯ったベッドルームのような薄暗さの中、誰かが苦々しげに「くそ。」と呟いた。気がつくとチャーリーはドアノブを握っている。目の前にはドアがあったはずだ。ドアノブを握っているのだから。しかし目の前にあるのはグリーンの標識だ。人差し指が左を指していて、その下にはゴシック体で「右へ」とプリントアウトしてある。彼は右を向いた。そこにも同じ標識が掲げてある。また彼は右を向いた。同じように標識がある。そしてまた同じように…。そうだ、まるきり同じ場所に立って一周した。しかし目の前には先ほどの標識はない。代わりに古めかしい鏡がある。鏡の淵には次のような刻印が彫られている。「悪魔の人差し指はあなたを放さない。」チャーリーは驚いて一歩のけぞった。その中を眺めてみる。誰かが空気穴を両手で押さえつけている。月は気づくことなく静かな夜の中寝息を立て続けている。「だめだ!」チャーリーは鏡に額が付くほど近寄って叫んだ。すると鏡は粉々に崩れ落ち、数秒の後思い出したかのようにガチャガチャと音を立てだした。そしてそれは鳴り止まない。それどころか1層騒々しくなっていく。チャーリーは両耳を押さえながらその場に崩れ落ちた。誰かが指揮をとっている。彼の一振りが音楽を新たな方向へと向かわせている。観客は全員死んでいる。正装したまま死んでいる。チャーリーはこの盛大な死の中で、吐き気を感じている。ドアノブはグルグル回り続けている。トランペットが鳩尾を打つように拍子の隙間に閃いた。車は坂道に差し掛かって落ちていくようだ。落ちていく。落ちていく。どこまでも、どこまでも、どこまでも…
落ちていく ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 839.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-05-23
コメント日時 2017-05-26
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
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0最初、〈夜のカーテンのように、深夜のゴルフセンターがその巨大な姿を寝静まった街に立ち上がらせ、〉この始まり方はかなり散文的だと思い・・・直喩や「その」という指示語、「夜のカーテン」で既に「巨大な姿」は表せているので、言葉が余分なのではないか、などなど・・・夜のカーテンとなって、深夜のゴルフセンターが寝静まった街に立ち上がる、というように削っても良いのかな、と思ったのですが・・・ 〈国道のセンターラインは~〉からの進行が、非常に面白いですね。移動する視点と、走り抜けていく救急車、ゆき過ぎるタクシーの捉え方がユニークですし、その映像に伴って生じる哲学的思考のスケッチ、といった風情の雑感の部分に手応えを感じる作品でした。 月が登場するところの連結というのか、脈絡が唐突過ぎる印象がありました。〈月〉と〈犬〉は、固有名を持った何者かを普通名詞に置き換えて韜晦しているのか?という印象。 次の連で〈月〉と〈犬〉の関係が展開されるのか、と思いきや、急に外国小説の一節、主人公の悪夢を描写しているような情景に移る。その場で堂々巡りしているような描写の部分(若干、もたついている印象を受けました)の後に、鏡をのぞき込むと〈誰かが空気穴を両手で押さえつけている。月は気づくことなく静かな夜の中寝息を立て続けている。〉ここで二連目と繋がるわけですね・・・。空気穴のある箱?に閉じ込められた月。『星の王子様』の中で、空気穴の開いた箱の中にいる(はずの)羊を、なんとなく連想しました。 最終行で〈車は坂道に差し掛かって落ちていくようだ。落ちていく。落ちていく。どこまでも、どこまでも、どこまでも…〉ここで一連目が再登場しているのでしょうか。ということは、二連目、三連目の「幻想」シーンは、深夜の車中での出来事?なのかな・・・うーん、展開が急すぎて、面白いのですが、ついていくのが大変、というか・・・読者を置いてきぼりにして吹っ飛んでいくかと思いきや、さりげなく読者のもとに戻って来る、そんな繰り返しのような・・・ 一連目のある種哲学的な進行と描写が一体化したような展開に、魅力を覚える作品でした。
0マリモさま。とても長文の感想ありがとうございます。自分の足りないところ(沢山あるんでしょうが、、)がよくわかる感想でした。今度書く時気をつけてみます。
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