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距離
天国の残りは青かった。高い塔の先は星の形をしていて黒い影は見渡す街を眺めている。空は群青色で星は遠くにある。月は横顔に笑顔を浮かべて白亜紀の夕暮れに思いを馳せて、大きな橋は小さな川の上にかけられて街の灯りがグラスのスコッチに揺れている。差し出された手は二つで、背景は霞んだまま、暗い部屋でケーキに飾られた蝋燭の火がフッと消される。いつかの車の中で笑っているのは誰なんだろう。青い海は本当に遠くて波の音は開け放たれた車の窓から入ってくる。重い鞄を手渡されたような実感は国道を走る車のスピードに置いていかれて、海の深さに音も立てずに吸い込まれていく。次々と林を越えて、どんどんと離れていく。今まで出会った人達との距離について考えてみる。なにも抽象的なそれではない。距離は絶対的にあり続ける。何10kmと離れることがあれば、知らぬ間に5mの近さにあるかもしれない。それが会いたかった人であれ、そうでない人であれ。顔が見えない誰かがアチラで手を振っている。異国のかわいい覚えたてのタップダンスのように、2分40秒の幸せを歌った曲の様に、素敵なエンドロールが拍手で迎えられています。幕は閉じます。待ち望んだかつてに笑顔がリボンして小さな箱を待ち遠しく想っている。雨が机の上に一粒落ちて、それが私だと気づいた時、何もかにもに気付いてしまうのに。コーヒーが出来上がるまで姿勢をシャンとしてるお利口な姿が見える。大瀑布を大樹が落ちていく。みんな仲良くそこに住んでいた。涙を流したのは誰だった? 夜になれば窓には灯りが。そして誰かが涼しい風に当たりにふらりやってきてタバコを吸っている。彼は想っている。天国の残りは青かったと。
距離 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 882.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-05-23
コメント日時 2017-05-28
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
コメントありがとうございます。とても参考になります。とにかく自分が気持ちくなるように書いた結果雑になってしまったようです。今度は気をつけて書いてみます。
0僕としては、とても好きな作品であるとともに、完成度が高いと思いました。ただ、どのように鑑賞してよいか、感想を述べればよいか、これが難しいですね。 「天国の残りは青かった」という字面だけ見れば、そのまま意味を飲み込めるような表現ですが、意味を考えてしまおうとするとドツボにはまってしまいます。というのも、天国は概念的な場所であって、その見えないものに対して残り物があるという発想は思いつきもしないことですし、それが青く見えているということ。つまりは、天国は目に見えないけれど、天国の残りは青く目に見えるものであるということがわかります。そして、この作品において、青く見えているものが二つあり、「空は群青色」と「青い海」です。この両者のいずれかが「天国の残り」になるのか、それともいずれでもないのか。ただ、空にしても海にしても、目には見えるけれども、掴みどころのないような概念的な要素も孕んでいるように思えます。天国の残り=空・海ではないかもしれませんが、倒置的に捉えて、青く見えるものの中に天国の残りという表現を託すことができるのではないかと考えました。 さてさて、一度ドツボにはまったところで、この作品で素敵だと思った箇所は「今まで出会った人たちとの距離について考えてみる」ところです。それまでは語り手が見ていた物と物との距離について、観察する者として事物を捉えていたのが、この箇所からは、語り手が事物として対象化されます。相手によって、相手への印象や関心が異なるのですが、そういった思いに関わらず、距離は存在するということ。語り手を対象化するために、語り手とその世界にある事物の距離を示せばいいのかと、そして、そのために舞台の上にぽつんと語り手が置かれている様子。しかし、その舞台の幕が閉じた後、対象化された語り手は自らの意識とは無関係に、机の上に落ちた一粒の雨と事物化されることで、「何もかにもに気づいてしまう」のです。でも、語り手はある一つのことだけはわからなかったのです。机の上に落ちた一粒の雨=語り手を産み落とした存在が一体誰であるのかということが。 改めて「天国の残りは青かった」ことに思いを寄せてみると、きっとこの世界に生きる者は語り手に限らず、机の上に落ちた一粒の雨のような存在であり、そして、誰しもが誰かに涙によって産み落とされているのではないでしょうか。そうした、一粒の雨は、まるで空と海で循環する水のように、人もまた、涙として産み落とされ、産み落としていく存在であるということ。つまり、天国とはかつて産み落とした者達がいく世界であり、天国残りは産み落とされた者達が集う世界であり、一粒の涙が集う世界でもあり、そこには空も海もあって、水が循環する世界であるということを示しているのではないかと考えました。
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