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ハレルヤ
今あるべき言葉を。 必要な言葉を。 「祈りましょう。今だからこそ」 一人の脱走者の見せしめに、窓のない狭い部屋に6人が詰め込まれた。 水も食料も与えられない。 私たちは死ぬまで抜け出せない。 一人は呪い、一人は憎しみ、一人は怒り、一人は悲しみ、一人は虚ろ。 「私は、祈る。わが魂よ、ほめたたえよ。声を出して」 “顔も知らぬ誰かのために苦しむんだ。神はいるのか” 「ああいるのだ。罪なき神はムチ打たれ、苦しまれ嘲られた、われらの神が」 “何が悪いのだ。なぜこうなったのだ。神はいるのか” 「ああいるのだ。すべてを知り、憐れむ神が。苦しむ神が」 “神はなぜ奴らを罰しない。なぜ奴らは幸せなのだ。この身と奴らが憎い。神はいるのか” 「ああいるのだ。全ての罪を許された神は、われらの罪も、彼らの罪も許され背負われた、神が」 “もう会えない。目にすることさえも。私の子よ。私が悪いのか。神はいるのか” 「ああいるのだ。父なる神は、わが子を十字架にかけられた。一切の人々の罪と共に」 “何のために。何のために生きて、死ぬ。ただ来る死むだけだ。神はいるのか” 「ああいるのだ。われらはただ、神を賛美しよう。そのために、今ここに」 「「「「「「罪とが消されし我が身は いずくにありとも みくにのここちす」」」」」」 「声が聞こえてくる。歌が、聞こえてくる。祈りが、聞こえてくる 憎悪と絶望に満ちるべきあの部屋から、6人の歌声が! 賛美の歌だ!」 「一人の声が消えた。また一人の声が、一人の声が、一人の、一人の最後の声が、消えた。 二週間飲まず食わずで歌い続けたのだ。無理もない。 務めを果たそう。確認しよう。彼らの死を」 扉が開いた。 最後の力を、私に。 「ハレルヤ。あなたを、あなた方を私は許します」 「生きている、生きている! 慈しむような目で! そしてそして、言葉を口にしている!」 「最後、あなたに会いたかった。 神の言葉から水が満ち、喉は潤され。 神の言葉から糧を得て、腹は満ち足りた。 今まで生き延びました。 それでも体は今まさに、滅びゆくところ。 精神は神の御国へ赴くところ。 それでもあなたに会えました。 神よ、感謝します」 「この期に及んで憎悪もなく、怒りもない! 脅威だ、奇跡だ! 何だ、何を語る。一心に、一心に聞く。 虐げるべき民の言葉であろうと、一心に」 「あなたを許す、と言います。あなた方を許すと言います。 神があまねくを許すのならば。ただ一人、罪を背負われた神の御心のままに」 「今、ここで行われている事を知ってか」 「はい」 「お前たちの民を、痛め虐げるここでか」 「はい」 「今お前を殺さなければならない。その務めを果たす。それでもか」 「はい」 「なぜだ」 「許される事でも、忘れ去るべきでもないのでしょう。しかし」 「しかし、何だ」 「その罪さえも十字架と共に背負われた。何をあなた方に責めれましょう」 静かに言葉が響いた。 この言葉が、私とこの部屋の者共と、かつて部屋のいた者共と、御国へと届きますように。 腰に吊るした剣からさえも汗が流れ落ちる。 「これを言いたかった。ではあなたが果たすべき務めを行って下さい」 この部屋から生きた者を出すわけにはいかない。 剣を握り。 握り。 握り。 握り。 振り下ろした。 ハレルヤと聞こえた。 地面に伏す6人から。 今までここで命を落とした全ての者たちから、聞こえた。 「俺は何をしたのだ」 愕然と血の海に膝を落とす。 ユダのように。 「俺は何をしたのだ」 わずかばかりの銀貨は欲しくない。 「死ぬわけにも」 6人の顔は安らかだった。 神は何と答えたのか。 不条理な死に対して。 「ハレルヤ」 血の海から立ち上がる。 「奇跡だ! 奇跡が起こったんだ!」 俺は今から、今から生まれ変わる。 「奇跡だ! 奇跡が起こったんだ!」 語るんだ、語るんだ! 彼の祈りと、意思と信仰を!! 許しを!! ハレルヤ。 いつまでも、この部屋に響いた。
ハレルヤ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 872.5
お気に入り数: 0
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ポイント数 : 0
作成日時 2019-02-28
コメント日時 2019-02-28
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
素晴らしい詩ですね。全面的に此方側に語りかけてくるような、圧迫感と浄化を感じました。とても素敵です。好きです。
0渡辺長吉さん、初めまして。 素敵とさえ書いて下さり、投稿しようか迷った作品なのもあって、ありがたいです。 この作品はアウシュビッツ強制収容場のコルベ神父のエピソードを下敷きに、昔キリスト教会に通っていた頃習った事、ヒュー・ジャックマン主演のレ・ミセラブル(ミュージカル調をイメージしました)、インド仏教を指揮する佐々井秀嶺を扱った「破天」という本(宗教的な人間の生きざまを見れたので)あたりが頭の中で熟成され、書けました。 思ったより、上手くいったようです。
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