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the bird
岬の方角から花をあぶいて、風が容赦なく吹きつける。 風は男を夜の端にころがす。 十一月も終わり。 北の港町のはずれ、さらにはずれ。 闇の底にて、白濁する目をちらつかせたどらが獲物に歯を立てる。 ひもじい性を足裏にへばりつかせ、アンモニアの揮発する露地を過ぎゆく。 おんぼろ赤提灯、 冥土が、男をすいこんでいった。 こじんまりとした薄暗い店内。 紺青の暖簾を払い、うつむき加減にくぐる。 仲間の群れからはぐれたか、 訳あって脱走を計りでもしたか、 ただやみくもに飛び込んできた、身の程を知らぬ駝鳥であったか。 暖簾の向こう側。 御年八十歳になろうという主は、 落ち窪んだつぶらな眼をしばたかせた。 腰から手拭いを抜き取り、 額にとまる数粒の円い滴をおとし、 やせぎすなその、見知らぬ者を迎え入れたのだ。 おやじ 一杯 しばれるねえ 旦那 生来のギャンブル好きが興じ、 入れ込んだ女ともどもすった。 身ぐるみはがした、最後だと言い聞かせた、 酒をあおったならまたきれいさっぱりトンヅラを決め込んでやりゃあいい、 世間様から一切合切背を向けるつもりだった。 いまさら失うものなんて何一つねえ、 オレはとっくにずぶ濡れで相手にもされやしねえ、 ああいっそ行き着くところまでいってやりゃあいいんだ、 チンピラ風を煽り、虚勢にみずから拍車をかけた。 しかし男は小さな体躯を折り、 年季を重ねた飴色の艶をまとう、 磨きのきいた渋いカウンターの内を立ち回り、 客など誰も来ないが一心に食材をさばく丁寧な老職人の仕事ぶり、 あかぎれが目立つ手の甲を星を追うようにじっと見入っていると、 罪滅ぼしのつもりだったのかおもむろに一杯、 寡黙な山を思わせるものへ向け、 人肌に温もる燗徳利を掲げた。 ご存知だったか かまやしません つけでけっこう 旦那 男船がいいですな 好意にあぐらをかき夜通しさんざ飲み明かし、 うとうとまどろみに蕩けてへばりつきうつ伏していた。 主がそっと暖簾を下ろし始めたころ、 一羽の鳥となって厳しい人の世を、 一頭の牛の背に止まり歌を紡いでいた。 今、 自分を乗せ、 悠々と歩を進めている名もない牛を讃えた歌。 のんきにさえずり牛とともに行脚するうち、 よく晴れた東の方角から柔らかな光は、微笑を浮かべたのだった。 呆けた頭蓋の奥底にまだ、 どらの満足そうな声が弱々しくも残響し、 ふと面を向けると店先には、置き去りの命の残骸が、 かすかな陰影を地に保ちながらも喜悦を放ち寝転がっていた。 手配師。 世のため人のためと這いずりまわり、 にっちもさっちもいかない、首の皮一枚で食らいつくだけの、 今日も未練がましく逃亡を繰り返す、 暗く荒んだものを引き戻してやりたい、と、 大地を踏ん張り月と日をまわした。 その後。 昔かたぎの頑固な漁師に拾われ、 新たに活路を見出すこととなった。 男のもとに手紙が届けられた。 行方を知った兄が港にやってきた。 手旗を放り投げ、漁帰りの漁船が入港するのもかまわず、 光あふれるがままに、力いっぱい抱きしめあっていた。 すりあわせる、石ころの、 夢を聴く。
the bird ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 983.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-05-07
コメント日時 2017-06-07
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
おやじ 一杯 しばれるねえ 旦那 もうー、この箇所が最高ですね!僕は、ほとんどお酒を飲まないんです。よっぽどのことがないと、ひとりで居酒屋に呑みに行ったりしないのですが、「しばれるねえ旦那」これを云ってみたいです。アウトローな人に憧れます。高倉健は云わないかもしれませんが、ショーケンは云うような気がするんです。失礼しました。投稿有難う御座います。
0渋いっす。最高です。 「すりあわせる、石ころの、/夢を聴く。」この〆が絶妙に恰好いい。 ちなみに、私の中ではショーケンと言うより菅原文太とかのイメージなんですけれども如何でしょうか。
0◆三浦果実さんありがとうございます。流れ者に燗する詩と再起ですからこのまま流れていけばよいんだなどと。しかしやはりといいますか、問屋はおろさんぜよ、第一声を頂きましたのはあなたでしたか。成仏といいますか、安心といいますか、無事に落ちていけそうで何よりです。酒飲みには二種ありますね。おひとりさまとそうでない方々と。アウトローも同様に法を無視する素振りをするものと法の外に位置しようとする方々と。アウトローとは名の通り外側にいるものを指しますが、果たして法の外、アウトローとはなにかを思います。やくざ者や芸能者に為政者や王など。いろいろ存在しますが、スノーデンという逃亡者が注目されていますね。彼は正しい目的にかなうならば喜んで刑務所に 入ろうと政府に言ったそうです。自分のことより国のほうが大切ですと。アウトローとは彼のような人をいうのではないかと思います。憧れの対象とするにもなかなか大変そうだなと。しかし日常の中で皆様々に小さな戦いや迷い、葛藤や諦め等々、アウトローしているのだとも、そんなことも思います。健さんにショーケン、昭和任侠枯れ芒、傷だらけの天使あたりになるでしょうか。ベタですみません。世代がずれますが、常連であれ一見であれ渋いやりとり、悪くはないです。 ◆朝顔さんありがとうございます。〆についてはなんともいえないです。いろいろ考えますが。ちなみに元は鳥羽一郎兄弟を想定したものでした ^^; トラック野郎一番星菅原文太じゃけんのぅ、ですね。彼は半生を農業や講演、あるいは運動と関わりを持ちましたが、そうしたことも含めて単なる一俳優ではなく、自分をどのようにするのが最良なのかと、国や社会や自然との関わりを見つめながら様々に発信されていたように思いますね。
0哀愁漂う男の背中が、こんなにくっきり見える詩もあるか? と思いながら読んでいて・・・「紺青の暖簾」これ、今生、なの?と思ったり・・・ 鳥になって・・・この世から飛び立っていったのか? 男は、生きているのか、死者なのか、と(もしかしたら、他の人には自明のこと?) 男のところに、兄がやってくる、のか・・・ 最後にだきあっているのは、生者どうしなのか、あるいは死者を迎えに来た生者なのか・・・ ・・・というようなところでぐるぐる、路地裏をさ迷い歩いているような感覚に襲われつつ。 文章の流れが(変な言い方ですが)手練れ、というのか・・・見事に型にはまっていて、 読ませる詩だなあ、というのが、読後の印象。 男船の歌詞も読んでみました。渡り鳥と響かせているのかなと思いつつ、 牛の背に乗っている白い鳥のイメージ、まるでインドの絵画に出てくるような、 そのイメージがずうっと心に残って・・・残像。 後半に惑わされてます。
0まりもさんありがとうございます。今生はたしか仏教用語だったかと思うのですが、そうした読みもできそうです。現/夢、生死云々は曖昧ですね。元は長々としたスクロール詩といいますか、シナリオみたいな形式を意識されたものでした。 男船は演歌の花道に出場し、視聴者から反響があり遂にデビューを果すと、見ていた兄が弟に・・・そんなことも含めていましたが。鳥はわたくしこと湯煙のことですね(笑。 きれいめイメージで締めてくださり恐縮です。
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