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うぉんと えんげいじ
「見てください、この綺麗なネモフィラを。ゴールデンウィークということもあって、たくさんの人手ですね。それでは、見に来ている人に声をかけてみたいと思います」 「デートしにきました、デートしにきました、テレビで話題になっていたので、デートしにきました、暇だったので、写真を撮りたかったので、デートにしにきました、ここで死にたいので、一つの物語を終えたいので、デートしにきました、祖母の付き添いで、デートしにきました、デートしにきました、テレビで見たので、近所なので、青が好きなので、デートしにきました」 思えば、アメリカ育ちの少女に興味を持ったのは、初めて二人でお酒を飲みに行った時のことだった。年上のぼくは、癖でいろいろな知識をついついひけらかしてしまうが、少女はその意味や答えを考えるために沈黙を要するのだった。それが少女の癖であった。話すペースと聞くペースの違いから起こるぎこちなさがぼくらを熱くした。そのせいで、少女はふいに「何だか、歩きたくなった」と述べて、ぼくらは隣駅まで歩き始めた。歩くペースが次第に一致し始めた時に隣駅まで着いてしまった。お店の中や夜道では少女の顔が見えなかったが、駅に着いた時にきみがその少女であったことを知った。 そして、一年前に約束をする。きみの願いを叶えるために、とりあえず海を見に行った。海を見に行きたくなる理由を聞いたが、「どうしても海を見に行きたい時がある」と答えただけだった。連れ添いを交えて、四人で見に行った海では、馬鹿みたいにズボンを濡らしたり、キャッチボールをしたりしたが、きみが海を見に行きたくなる理由はわからないままだった。そして、あの海にぼくはぼくを置いてきてしまった。 ふと、何かの折にきみが言った。 「ネモフィラが見たい」 「ぼくは見たことがないな」 「珍しいね行ったことないなんて」 「俺だって知らないこといっぱいあるねん」 「知ってるわ すべて知ってるひとなんていないんだから」 ぼくはきみを知らないが きみはぼくを知ってる そして いまのきみは 海の青も ネモフィラの青も 知ってる ぼくは 海の青さと ネモフィラの青さを 確かめるために みはらしの丘を目指す (人は誰だって花の種だ。だから、根を張ることができずに、ふらふらと居場所を求め、彷徨う。同じ居場所で育つことができれば、きっと同じ色の花を咲かす。でも、違う養分を吸って生長してきたから、違う大きさで違う色の花を咲かす。そして、花を咲かすことなく滅する種もある) 丘に辿り着いて 目に見えたのは 同じ大きさの 同じ色の花しかなく 花も人も 空も海も 区別のない青の世界だ 一致していなかった そこに在る理由もまた 区別がなくなって 何もかもが青の花となっていた 「おとうさん、そらのあおとうみのあおとはなのあおと、どれがいちばんあおいのかなあ」 この丘を降りれば きっといまのきみは ただの少女になるだろう そして次は 一年前のぼくを ぼくのもとに帰すために 青の海へ行く (おまたせ、ぼくはきみとの約束を果たせなかったけれど、ぼくとの約束を果たしたよ。だから、きみにはやっぱりただの少女に戻ってもらうね。) 数多在る少女が 青い花となって いつまでも あの丘で風に揺れている 時折 橙のポピーが揺れているのを ぼくは見逃さなかった
うぉんと えんげいじ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1168.4
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-05-06
コメント日時 2017-05-15
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
橙のポピーは一度摘んだことがあります。あれ、要するに芥子の花。麻薬の種ですよね? なかたつさんの御作品は、ものすごく共感しますものとそうじゃ無いものに、私は分かれるんです。この詩はまさに中間地点と言うか、微妙 なところにあります。 時折、私なかたつさんの詩の中の少女が可哀相になってしまうのですね…。毒の花。橙のポピーを隠した孤独な少女達。それに、手を焼いておられるなかたつさんは、たぶんすごい優しい方なんだろうなと思います。
0朝顔さん コメントありがとうございます。 今のうちに返しをさせていただきます。 「詩の中の少女が可哀相」になるというのが、なんというか新鮮で驚きました。 おそらく、この作品はぼくから見たきみに焦点があたりがちで、読者もきみに注目をしてしまうんだと思います。 ぼくから見たきみがどうであるかと同時に、きみから見たぼくの印象も成り立たせたかったのですが、これはいわゆるセカイ系作品になってしまい、ぼくから見たきみに注目が行き過ぎてしまい、ぼくの全能感がにじみ出てしまっているのだと思われます。 もしその全能感があるとしたら、ぼくは全く優しくなく、むしろ暴力的なのだと思いましたが、表現されている「ぼく」はそうであって、「なかたつ」は表現されていない何かを孕んでいるかもしれないです。
0『あの海にぼくはぼくを置いてきてしまった』この台詞が好きだなあ。『うぉんと えんげいじ』はなかたつさんらしさが一番出てる作品なんじゃないでしょうか。いや、なかたつさんをよく知っているわけではないのですが、力が入っていない作品に感じられました。作者がリラックスして書かれてる作品って、とても共鳴しやすいと思うんですね。読者からの欲をいえば、「海」をタイトルに入れた方がよかった気がしますね。月並みなタイトルになりがちですが、例えば『置き去りの約束がきみの海』とか。いつも投稿有難う御座います。
0かじっちゃん様 その台詞は、決まりすぎている気もしているのですが、気に入っていただけて嬉しいです。 ぼくらしさ、ですかね。でも、力が入っていない作品という捉え方が僕なりになるほどと思いました。そして、それが共鳴しやすいというのもなるほどと。 あれですね、正直に言えば、僕は凝ったタイトルをつけるのが嫌いで、タイトルはできるだけシンプルにしたいのですが、このタイトルはダサいですね。 それに、三浦さんの考えたタイトルは決まってますね、いいですね。ただ、多分ですが、海を主役にするつもりなかったのに、多分、映像的に海が主役になるように筆が進んでしまったんですね。
0ちゃんと内容を解釈できたわけではないのですが、ネモフィラが最近話題になっていたのもあり、 映像の美しさに痺れました。台詞・独白で独立した連が効果的で、文章として見ても印象的でした。 個人的には、「うぉんと えんげいじ」という題は好きです。内容とのギャップに切実さを感じるからです。
0poppociderさん コメントありがとうございます。 (卑屈だと思われるかもしれないですが…)おそらく、僕の詩がなかったとしても、ネモフィラはネモフィラでその映像の美しさを持っているのだと思われます。 断片的な台詞というのは、ここ最近の戦略的スタイルです。 本当におそらくですが、「うぉんと えんげいじ」という題に騙されているかもしれません。
0個人的に「ネモフィラ」(瑠璃唐草)が好きなので、どんな感じになるんだろう、と思いながら・・・「祖母」は「きみ」で「少女」なのか?という不思議な困惑を覚えつつ・・・ 「一年前のぼくを ぼくのもとに帰すために 青の海へ行く」 一年前に、何を、約束したのでしょう。「青い花」夢の花、いのちの花・・・ 補色の橙、これは、帰化植物の「ナガミヒナゲシ」あるいは「ハナビシソウ(カリフォルニアポピー)」ではないか、と思いますが・・・水色と透き通るようなオレンジ色、美しい絵のようです。アメリカ育ちの少女、と不思議に重なって見えてきて・・・まるで、ひなげしの化身のような気がしてきました。 「人は誰だって花の種だ」この箴言風のカッコイイ台詞、そこから続く、ちょっと理屈っぽい場面を、もう少し凝縮して、硬質な説明的叙述(もっと簡潔な感じ)にしてもいいのかな、と思ったり・・・ 美しい花園のイメージの中で、花の化身と出会った一瞬を描いている、そんなファンタジックな幻想に誘われる作品でした。
0まりもさん B-REVIEWにおいてまりもさんの読みを一番に信用しているのですが、どうもそれでも僕の作品と言うのは捉え難い何かがあるのですね…。 僕としては、語り手・語り・場面・声を幾層にも重ねながらも「一人の作者によって生み出された世界」という、一つの主体・世界にそれを帰するのだと勝手に信じているのですが、おそらく、この信仰がまずいのでしょうか、最近の連作において感じました。 確かにネモフィラは綺麗で魅力的ですが、それはネモフィラが物として持つ美しさで、たとえ僕が死んでもその美しさはそこに在りますが、それを見る人間によってその美しさや映像が異なるのだと考えています。 僕は自作解説を無性にしたい欲望がありながらも、それは野暮だと避けます。 何より作品において精進いたします、ありがとうございました。
0なかたつさんの詩はどこに出しても通用する詩だとかんじます 文体もワードセンスも文句なし
0霜田明さん そう言っていただける方が一人でもいれば幸いです。
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