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秋の唄
新鮮なコーンドビーフのような秋の一日 熱いガスに満たされた大腸を抱えて わたしはどこに向かっているのか 口の端から糸が切れない 味噌納豆の糸が だのに今日 五歳になる娘が動物のために初めて泣いた おお この哀しみを誰に伝えればよいのか ものすごい蒼空の下 生き物たちはすべて分厚い甲羅で 空しく身を鎧っている ならばわが一族も 死者のためにせめて表皮を保存しておくべきであった 出棺間際に慌ただしく剥ぎ取った あの五層の薄皮を スペアは陰干してウオーキングクローゼットに吊るし 一朝事あれば年老いた女医に縫合を依頼する 五対の剥製が四辻を守るだろう 鮫膚の蠱惑的な魔除けたちよ だが一体 髭をどこに付けろと言うのか 非常にはっきり言えば ヒトの寿命はどんどん縮んでいる あの濃密な時間はどこに蒸発したのか 倍速ダビング 早送り 記憶がかすれる 胸圧が薄い 遠目も利かない せわしなく厠に通い 小突き合ううちに テープが切れる もはや音楽もバレエもない 馬の齢など笑えない 悲しむ暇もないうちに一生を終える 濃いやつを出す暇もない 何とかしなければ 実に何とかしなければ 陰干がとても間に合わない 行かないで 行かないで 雨の真珠などあげないわ だけど 行かないで 黄ばんだ角膜もあげないわ 遠近両用の義眼なんか欲しくない ノン 行かないで 今行けば 排卵期にしか会えないじゃない 星がぎらつく干き月 どうして肉食猿まで星になるの 猫も尺取り虫も ETになるのよ あたしの制空権を侵さないで 肋骨がきしむの 舌が痒いの 断食のせいじゃない ああ 舌もあそこもみんな皮を裏返したいの もっとたくさん蒸気を吐かなきゃ 剥製はまだか 皮で済むならいくらでも提供しよう 生乾きで恐縮だが 脂っこい粉瘤の胚種も一緒にいかが 下顎と襟足は膿疱だらけ だけど 耳たぶくらいの柔らかさ 菜種油であっさり揚げれば 形も臭いもくずれない おお 東の野に火柱が立つ ふぐ提灯はまだか 辛子レンコンも 氷榴も届かず わが括約筋も未だ心許ないというに 早くもカウントダウンか されば いまわの際にせめて一口 入れ歯を外して 鳥皮の芥子和えを 不味いものが身体には良いのです いや やはり旨いものが一番です ハ ごくつぶし 食べてる場合じゃないでしょ 鳥皮どころじゃないでしょ 兎のお耳はぼろぼろよ
秋の唄 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1052.4
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-11-17
コメント日時 2018-12-01
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
一連ごとに話者が違いそうな勢いなのに、全体的なイメージや筋は統一されている。馬や尺取り虫や菜種油や鳥皮や兎。鮫膚とあることから、海も近いのでしょうか。貴方の過去の作品を拝読しましたが、途中途中の短い行のおかげか、とても読みやすくなったと思います。
0ほかの作品もお読みいただき有難うございます。今回の作品はだいぶ以前、父親が亡くなったときに書いたものです。今読み返してみると拙い作品ですが、懐かしい一作なので公開させていただきました。父が死んだ一週間後に、幼い娘がザリガニの死を悲しんで泣いたのです。全体の基調は憤りと笑い、猥雑さと静謐さ、人間の皮膚というもの、そしてものを食べるということの悲しみと滑稽さ、そんなところではないかと思います。
0さいしょ、言葉の勢いの押されて読んだ印象は「面白い」「楽しい」でしたが、少しがんばって、こちらから押し返すようにして読んでみたら、「悲しい」「なんか胃の辺りがぎゅってなる」、というような感じに変わりました。
0田無いなるさん、コメントありがとうございます。ご指摘のとおり、作者の気持ちも「諧謔」と「悲しみ」の中間あたりにありました。まさに何かを押し返すようにして書いていた記憶があります。
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