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ひとひら
紅葉 を しばらくみていない 秋 になると赤く 赤く染まる ひとの手 のような 葉 むかし むかしは 庭に 紅葉の木が 大きな 紅葉の木が あったような気がする のだが あれはいったい何処へ 何処へいってしまったの だろ? もはや 記憶 など あてにできない のだ 世の中 は変わり 変わりして 気が付けば きがついたときには なにも なにーも なにもかも 消えて 消えて ―――― そのとき ふわり、と 手のひらに一葉 紅葉の 葉 落ちてきたようで 僕はぐっと 手のひらを握りしめてしまった のだ 手をひらく か だが、なにかおそろしいものが そこにある ようで 僕は手をひらけずに いる 僕は手をひらけずに いるの だ いまも、 そう 今も
ひとひら ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1008.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-11-16
コメント日時 2018-11-24
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
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技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
張り詰めたものを感じました。ひとの手のような、というのは紅葉をみて思うことがあります。それが詩で使われたのはつかめなかった誰かの手を思っているのでしょうか。後半、思わず掴んでしまったものの手を開けないそこに集中していく張り詰めた空気が余韻を残します。とりとめない感想、失礼しました。
0コメントくださったみなさま、ありがとうございます。 >>帆場蔵人さま 普段、意識の底に沈んでいるようなことが詩作を通じて浮上して来ることがあります。 それらは大抵、普通に生活するにはむしろ必要のないもので、だけど忘れられない、捨てられない「何か」です。 そこに葛藤があって、それが「張り詰めたもの」として感じ取って貰えたのかもしれない、と思います。 >>蔀 県さま 言葉の配列が「ひとひら」。 コメントで、自分にはなかった観点を与えてもらったときに、いつも思うのは、「この詩は自分の手を離れてる」というようなことで、それがとても嬉しいです。 >>小林素顔さま この作品のスペースは、自分のなかで言葉を並べたときの、意識の途切れ目のようなもの。読点は、より意識的な静止、みたいな感覚が僕自身にあるので、かなりこちらに寄って読んで貰えたのかな、と思います。
0蔀 県さんが「判然としない何物かがふらふらと動き続けているみたい」と評されているのを読んで、ああなるほど、と思った。本作にある、その表しようのないもの、神が口ごもるようなこと。 詩でしか表せないものを感じました。
0みうらさん、コメントありがとうございます。 詩を書く、と思いながらなにか書いて、書き上がったものをみて良いと思えるときもあれば、全然ダメなときも、お腹が気持ち悪くなるようなときもある僕ですが、「詩でしか表せないもの」ということについては、よく考えます。 考えたからできる、というわけでもなく、そもそもそんなものあるのかどうか、あると思えるときも思えないときもあります。 だから、読んでいただいた方にそれを感じてもらえた、というのは、ある種の勇気、みたいなものを貰った感覚。ありがたい、と思います。
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