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塩の都
蛇笛も聞こえず 緑青も湿った剥落も認めぬうちに 何故出発したのか ただ力ずくでにじり行けば 晩夏の苺ジャムや 四辻を守る鮫肌の魔除けなど ことごとく無残に砕け散るに違いない それでも ひねもす甘栗を剥くように 焼け焦げた樹皮の縁を腫れた舌でなぞり続ける 長大な目録と歌合わせの市場から戻れば ここではイワシのアタマも 天井に射止められた煮干しも 豊かに黒ずんだ血を流しているのだ 石走る塩の都の魔術師よ 生き腐れの神秘を 誰がこれほど巧みに逆用し得ようか イチジクのごとき脱肛は軽やかに飛翔し 干からびた臍の緒も甘やかに香る モシ我ヲシテ今欧州ノ歌ヲ願ハシムルトアラバ ソハ彼ノ伸ビヤカナル諧調 五月の蝶さながらに変態の病痕を身に鎧い 鮮やかに光を紡ぐ剥き出しの均衡感 あるいは 寄生虫に体内を食われながら ゆったりとまどろむサナギの宇宙観 されば死屍身中の虫どもよ 生臭い腹時計を貪り尽くし 精緻に彫琢したクチクラも食い破り 狂おしく透き通った翅で 父祖伝来の小暗き福音を春に伝えよ おお 塩抜きを施した硝子体よ 豊かに腐爛した花々よ 醗酵した焼き豆腐よ 白く鬱血した花粉に塗れて 新緑の土手を一挙に駆け上がれ はるか東の方では 白亜紀このかた 生ぬるい海面に羽虫が際限なく舞い落ちる 綿毛のように静かなこの春 いずこにも 名前を刻む触手は見当たらず ただ休みなく身悶えする 黄色い海草の群れ パラメシウムよ プラナリアよ クダクラゲよ クダクラゲの魂よ カギムシの魂よ そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ まずは断腸の思いで 口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に 思いを致し激しく感動せよ ああ私達が一個の袋であるということは 何と悲惨にして心休まることであろうか もはや輪郭の罠も 丸い欲望の重みも見えず この透けた薄皮だけが 脆い銀河のように引き延ばされる
塩の都 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1028.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-11-03
コメント日時 2018-11-11
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
塩の都という、魅力的な題名と、塩漬けにされる臓物や肉体の生々しいイメージの、遭遇の面白さにひかれました。 ただ、全体に装飾過多の印象も受けます。言葉が踊ると、書いていて「気持ちがいい」わけですが、書き終えて、一息おいてから「他者の目」で見直してみると、本当にこのデフォルメや、強調、あえて文語調の口調で格調やムードを加味する・・・その、加減が適切か、ということが見えてくるのではないかと思いました。 もちろん、あえて、より過剰な装飾に振りきってしまう、という方向に舵を切る、というやり方もありますが・・・
0ボードレールの翻譯詩、朔太郎や大手拓次などを彷彿とさせる言語感覚は、古風と言えば古風(私にはそんなことを言う資格はありませんがww)。ですが言葉には十分な鮮度があり、大正・昭和の文学に沈潜した経験の豊かさを感じさせる確かな筆致により、読み手としては安心して詩世界にひたることができ、非常に充実した詩体験が味わえます。読み手の生理的反応に直接に訴える生々しいイメージの多用は、好きな人には堪りまへんやろなww 私がこの作者について感心したのは、ユーモアの感覚です。朔太郎や拓次など、官能性に訴える作風の詩人はともすれば自己耽溺的・陶酔的で、ユーモアに乏しい。年を取ってくるとそういう耽溺性にはいささか食傷させられますが、この作者のユーモアの感覚、たとえば >そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ >まずは断腸の思いで >口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に >思いを致し激しく感動せよ >ああ私達が一個の袋であるということは >何と悲惨にして心休まることであろうか このあたりのくだりには、筆者の自他を見つめる視線の平明さ、智慧深さが自ずとにじみ出ています。大人向けの詩。そんな感想を持ちました。
0こんにちは、 緑青という色味など 古来から日本人が愛してきた古色ぎみに描かれており 興味ぶかく拝読しました。題名も 四方を海で囲まれた国の都の名として、【塩の都】も相応しいです。原生動物に対する示唆に魅力を感じました。 とくに、私達が一個の袋であるという視座が凄い。個人的には まるで超お袋様です。生きものは ほとんどが、みな袋。透けた薄皮が欧州の音楽であるオペラのように壮大に響いていると思いました。装飾ぎみであるという意見や 好きな人にはたまらんはずだという意見がありますが、わたしは好きです。 たしかな知識の裏付けがあって書かれている本作品ですが、わたしの場合は妖怪(とくに河童)を感じました。どろりとほかの生物と溶け込んで生きている共同感覚に わくわくしたのです。楽しい詩の時間をいただきました。ありがとうございます。
0返信が遅れ失礼しました。好意的なコメント、ありがとうございます。 ishimuratoshi58 さん、ユーモアの感覚を指摘していただき、大変に嬉しく感涙にむせんでおります。小生、詩とは「聖なる怒りと笑い」だと勝手に思い込んでおり、ユーモアや諧謔味がない詩は少し苦手です。ご指摘のとおり、「袋の自己認識」から「悲惨にして心休まる」のくだりは、詩の核心部だと感じています。 るるりらさん、日本的なイメージを読み取っていただき、ありがとうございます。正直、そういう意図はなかったのですが、なるほどそういう読み方もあるなあとすっかり感じ入り、いろいろ考えさせられました。今後、機会があれば、意図的に日本的なものを志向したいと思います。 まりもさん、装飾過多の印象を与えてしまい、ごめんなさい。作者としては、これでも言葉の密度が薄い、あるいは粘度が足りないと感じているのですが…。ただご指摘のように、言葉の密度とゴテゴテ感は別物だと思います。個人的には、もっともっと言葉を加圧・加速して、なにか突き抜けた表現に到達できないものかと考えていますが、力不足でいつも中途半端に終わっています。
0ちょっと読むのに一苦労するな、という詩。読み解いてくれるファン、あるいは熱心な詩の愛好家なら含意をひも解いてくれるだろうけど、という出来栄え。最終節付近にしてようやく、この作品で筆者様のやりたかったことが何となく見えてくる。それまでは少々取っつきづらいという印象です。もっと砕けた表現で詩を普段読まない方にも、街中ですれ違った人にも伝わる作品を筆者様が志向して書かれたらどうなるのかという期待が強いです。
0題名がとてもいいな、って点でまりもさんと、読むのが苦しいな、って点でstereoさんと同じ感想
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