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蜂蜜紅茶
当てのないドライブの途上で、死者の町に行き着いたことがある。 もちろんそれはただの比喩で、地図にも載っている実在の土地だ。 住宅街も商店街も無く、平地面積の大半を墓所が占めている。 他には山と湖とありとあらゆる宗派の寺社、石材屋に花屋、それに喫茶店が一軒あるだけ。 墓参りシーズンに限って営業するという喫茶店の主は あなたも死者ですか、 などと冗談で尋ねても いいえまだ、 とはにかむばかりの物静かな男だったが、代わりに店内に漂う蜂蜜の芳香が、生ける胃袋へ能弁に語りかけてきた。 そう、忘れていたが、養蜂場もあった。 何しろ町には花が溢れているのだ。 働き蜂たちは墓から墓へ、供え花の蜜を集めてまわる。 山の麓は卒塔婆がひしめく共同墓地、中腹はバリアフリーの高級霊園、湖畔の一等地は樹木葬墓地。 蜜源によって味も香りも値段も違うらしいが、それはヒトの勝手、蜂たちには関係の無い話だ。 どこであれ、誰にであれ、新たに手向けられた花を見つけたら、巣に急ぎ帰って仲間たちに踊ってみせる、 歓喜の8の字ダンス!(あるいは∞、の) カウンターに差し出された小瓶から黄金色に輝く蜜をスプーンに掬い、湯気の立つティーカップへ落として掻きまわす、と、紅茶は瞬く間に黒く染まった。 タンニンと鉄分が反応しただけで、風味は申し分ない。 安らかな甘みと、幽かな苦みの。 つい長居して西日の差しこむ頃合いになると、店主はブラインドを下ろしながら ここじゃ生きている方が肩身が狭くて、 と溜息まじりにつぶやいた。 日が没すると、盛んに飛びまわっていた蜜蜂たちもさすがに息を潜めてしまうので、いよいよ町は死者の独擅場になるらしい。 それを見届けることはできなかった。 町には宿泊施設もなかったので、暮れ切らぬうちに出立するよりほかになく。 生きている間は、留まることができないのだ。
蜂蜜紅茶 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1588.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-09-29
コメント日時 2018-10-16
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
死という一つの帰結が詩の全体を覆うテーマにありながら、蜂だけはゴールのない∞を辿り続ける。示唆的だなと思った。
0>渡辺八畳@祝儀敷さん コメントありがとうございます! ゴールが同時にスタートであるような∞、死からまた始まる町。示唆を拾っていただけて嬉しいです。
0寂とした風景を飛ぶ蜂、供えられた花から蜜を集める様子が魂の残り香、或いは死を拾っていくようで淡々としながらも惹かれるものがありますね。
0>帆場蔵人さん 魂の残り香を拾い集めた結果が、蜂蜜の芳香になるのですね。幻想的な読みをありがとうございます!
0こんばんは。「バリアフリー」とか「タンニン」という語を詩作品のなかに違和感なく持ち込めるところが素晴らしいです。私にゃ無理。笑。叙述のありようがそれを成功させているとは思うのですが、そうなると、この作品で行分けの必要性があったのか、少し気になりました。行分けなしの方がよかったのでは、と。 しかし、「8の字ダンス」と無限大、文字で表されると、なにげに頭ではわかっていることでも、改めて「おお!たしかに!」と再発見の喜びがありますね。
0>藤 一紀さん さすが鋭いですね。実は本来もっと普通に(短いスパンで)行分けしていたものを、「あれ、これもしかして散文詩にできるのでは?」と思ってつなげてみたものの、慣れていないせいかしっくりこなくて途中段階(句点で改行)でやめたという曰くつきの作品なのでした。 音(蜂、8)と形(8、∞)と意味(蜂蜜の永遠性)の連環は、書いているうちに気づきました。ちょっとしたアハ体験でした。
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