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Wheel of F F F FFFF For tune
朝食ではチョコワの瞳がそらばかりを見つめていた。交わることのない視線に少しづつ意思の滲むミルク。それを飲み込む僕をまたべつのチョコワが覆っている。触れるずっと前から、少しづつふやけていく。なのにこの世界が四角いと知ったのはもういつの話になるだろうか、幾重にも突っ伏したパンのうえにまた新しいパンの名前を重ねる。ヤマザキモーニングスター。陰鬱な鈍色の空に鉄でできた星々が飛んでいく。朝からそんなものにすがりたくはなかった。胸近くの内ポケットで車のキーがガチャガチャいっている。もう行かないとならない。旅をしているんだ、イスからまた別のイスまでを。祈っているんだ、いつかこの道から外れますようにだなんて。終わってんだ、そんなのは。夢の中では毎日のようにどこまでも透明になり切らない地平線を走り続けていて、それがどこからか滲みはじめているということに僕は既に気付いていて。おまえは知っているか。スーパーマーケットの二階には救いがあるらしい。外国では誰もがそこへ逃げ込んでいた。そいつらは大抵死ぬのだけれど。 いくつもの世界が棚でひっくり返っている。けっきょく僕に必要なのはどこの誰からも忘れられることのない本物の木でできた割りばしだった。ひとから手渡されるプラスティックスプーンはとても良くない色をしている。誰もがそいつでミルクを掬う。スーパーマーケットにすら辿り着かなかったやつらが、コーンフレークスのようにひび割れた身を重ね合って、黄味掛かったプラスティックを口に含み、そしてふっかつのじゅもんを吐き捨てている。「みんな救われたがりなんだ」ヴァンガードは根拠のない自信に満ち、いつだってヘラヘラしていた。こんなヤツらとはもう付き合っていられない。いますぐにでも車に乗ってくれ。知らないうちに歪みきったフロントバンパーの空力が、きっと誰をも背中のそらに散らしていく。出発なんだ。名前のついた黒人も探そう。そいつはきっとやってくれる。いつだってそういうものを観てきた。この眼で何度も。だから信じてくれ。そいつも車に乗せるんだ。乗り換えたとしても。僕は英語なんてできない。それでもまた乗せる。そう決めたんだ。心配しなくていい、会話に詰まったときは昔買ったミニテトリスだってダッシュボードの下にまだあるんだ。「ここにはなんでもあった、だが欲しいものなんて何一つとしてなかった」とダイソーが呟く。僕もそう思う。死んだパルコも同じことを言っていた。あいつのはただのうわごとだったか。まあどっちだって変わらないさ。いいからさっさと車に乗ってくれ。元々ビル風だったやつが街を縫い尽くしていく。今の僕たちにはまだ僕たちを覆う頑丈な屋根が必要だった。だからコンバーチブルはダメだ。空に星が見えるけどそこがダメなんだ。ハーレーも絶対にダメだ。早く死ぬからダメだ。原付のモンキーなんてもってのほかだ。そんなところだけを切り取られたくはないから。行こう。もう星なんか探さないでくれ、カーブを曲がれなくなる。僕たちはただの一瞬でこの街を抜け、最初に見えたガードレールを突き抜けていく。おまえはそのあいだジッと目をつぶって、何も心配しなくていい。免許は持ってる。だから心配ないんだ。もう黙れ、うるさい。マニュアルだ。 目につく世界の外殻に何度だって突っ込んで、どこまでも薄いミルク色を轢き延ばしていく。この車には僕とおまえと頼れる黒人の男と、結局ついてきたダイソーが乗っている。互いに何を思っているのかなんて、結局わかりもしないまま。ラジオなんてとっくに拾えない。黙って、風を起こし、遠くへ、延ばし続けていく。おもむろに黒人の男が下を向く。けたたましいテトリスの電子音が鳴り響く。頼む、もう一度アイツに名前を聞いてくれ。僕にはどうしたって聞き取れなかったんだ。唯一の電子音がいつまでも鳴り止まない。いつまでも。その手のなかで、何もかもが枠にはめられていく。だから頼む。
Wheel of F F F FFFF For tune ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1118.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-09-12
コメント日時 2018-09-14
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
平凡であるはずの出勤風景が引き伸ばされて、その間に感覚が塗り伸ばされていく。 イスからイスへ、逃れようのない閉塞感、変化のなさと、冒頭のミルクが濁っていくイメージと、透明になり切らない地平線のイメージが重なっていく。 チョコワを瞳と見てしまう時点で、既にこの主人公は他者の視線にさらされ続ける都市生活に悲鳴をあげている。 それでも他者と接しなくてはいけない日常が、会話も成立せず、名前も覚えられない黒人の男を車に同乗させる、という行為に現れているようにも思う。名前も覚えられないのに「頼れる男」と言い切る(そう、自分に言い聞かせて不安を押し潰す)不自然さを、〈おまえはそのあいだジッと目をつぶって、何も心配しなくていい。免許は持ってる。だから心配ないんだ。もう黙れ、うるさい。マニュアルだ。〉と、ここでも自らに言い聞かせて、無理やり打ち消す。 おまえとは、誰だろう。日常のルーティンから逃れたいと願っている、語り手の分身のような存在だろうか。 パルコの時代が終わり、ダイソーの時代になり・・・物は溢れているのに、欲しいものはそこにはない。 パルコのぽえむ・ぱろーるを再現したイベントに行ったとき、詩は社会を変えられる、という希望(期待)が漂う時代だった、と感じたのだった。その期待が消えたから、ダイソーの時代になったのだろうか。自分と社会との関係を、詩を通じて問い続けている人達が、こんなにもいるというのに。 でも、ダイソーをウロウロする感覚、私は好きです。それもまたよし。
0何かがなくなった気がするんですよ。ゼンメツさんが投稿されている作品しか知らないし昔の作品を読んだことがないので、元々から持たれているスタイルかもしれないけど、何かがなくなった。もしかしたらゼンメツさんの作品って読者に依存しているところが大きいのかもしれないかとふっと思いました。でもその依存って詩作品が根源として持っているものかもしれないとも思う。
0雑多な想いの記述の中に「ヤマザキモーニングスター」とか「ダイソー」とか「パルコ」、そして「テトリスの電子音」などが差し挟まれるのが面白いと思いました。逆に言うとこの詩の中で読み手との接点がそういうところしかないのかな、とも。肯定的な感想がなかなか浮かばずご容赦を。ゼンメツさん作品のハードルが上がってしまっているのかもしれません。
0全体的に、大変創造性あふれるいい詩だなあと思いました。どことなく、町田康の「もうだめだ」という曲に似たシチュエーションだな、と思いました。黒人の男が乗り込む場面を、知りたかったです。いつの間にか乗っていて。語り手の話すのが、唯一の声で、さらに、世界を描写する唯一のもの。 車が突っ込んでいくラストは、ポール・オースター『幻影の書』でもそうです。 この詩では、そこまでのラストまでは書いていない。 なんというか、読んでよかったな、と感想を持ちました。それは、やさしさと、世界の悪意の徹底していなさ、を感じられたからです。助かるかもしれない、という希望を残して終わっている気がします。 それは、この時点での社会の様子、雰囲気、感じが、現れているからかなと思いました。
0今回はアホでダサカッコよくて厨二っぽい感じのものが書きたかったです。まずタイトルがもうめっちゃ厨二っぽいです。 >まりも さん まりもさんの批評は読んでいて楽しいので自分の作品につくと嬉しいですね。僕もダイソー好きですよ。ヴィレヴァンも。ちなみに僕は作中に「詩」や「詩人」などを登場させるのはどうしても苦手です。そこまで自分に光を持てないみたいです。 >三浦 さん 僕は空っぽだしずっと一人なんで。他人のこととかあんまし考えられなくて。だからいっつも知らないうちにキミらの気分を台無しにし続けてきたんだと思います。思い返せばずっとそうみたい。だからきっと今回もそうなるんだと思います。なんかごめんね。 >すてれお さん 今回のは「理解しやすさ」的なものをちょっと下げてみました。僕の作品は結構ほとんどのものが雑多じゃなく筋道通しているので雑多に見えちゃう時点できっとなんか読みにくくしすぎちゃったんだと思います。ただ、僕は他人の読めるラインがぜんぜん見えていないので未だに加減がわかりません。 >黒髪 さん わりといつものに比べたらちょっとは前向きな感じに書いてみたのでそこらへん汲んでもらえて嬉しいです。黒髪さんが紹介してくれる作品はどれもとっても興味をそそられるので、それもいつか読んでみたいと思います。
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