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7月分選評
摂氏37℃ (地球さん) https://www.breview.org/keijiban/?id=2042 自分は気が短いので、掲示板の作品だったら最初の1行でその先読むのか読まないのか決めてしまう。小説だったら最初の数ページで虜にされなかったのなら、その本を再び手に取る機会はぐっと減る。先日など冒頭の数ページのあまりのつまらなさにちょっと気分を害した私は、新品でジャケ買いしたその文庫本をぐるっとまるめてそのままゴミ箱に投げ捨ててしまったくらいだ。そんなんだから、冒頭を少し失敗しただけで本当はとても魅力的かもしれない作品を時々取りこぼしてしまう。それはさておき「摂氏37度」に話を戻すなら、というよりそもそも今初めて言及するのだから話を戻すも何も、これから話始める訳なのであるが、要するにこの作品の最初の1行は完璧だ。 「わたしの抜け殻が夏の真ん中に取り残された、そのようにつまらない孤独です。」 完璧である。この冒頭を読んだ瞬間、心はすっかりこの詩の世界に釘付けにされて私の身体は抜け殻になってしまう。リズムが心地よい。この一文の内容だけを伝えるだけならもしかしたら 「夏の真ん中で私は孤独で、まるで抜け殻のようだった」 という何の魅力もない陳腐な表現で十分かもしれないが、このような表現では「ポカリスウェットでも飲んで熱中症に気をつけてくださいよね。今年はあまりの暑さにこの間アマゾンで箱買いしようと思ったら品薄かなんなのか届くまでにえらい時間がかかりましてね…」とその身を案じることしかできないのがなんとももどかしい。だけれども「摂氏37度」の冒頭は「わたしの抜け殻が夏の真ん中に取り残された」ときて「ポカリスウェットでも…」と思っている矢先に「そのようにつまらない孤独です」といきなり「孤独」を突きつけられる。「え?なにが?ていうか何の話?」である。しかも「孤独」に「つまらない」も「つまる」もあるのだろうか。ポカリスウェットを宙ぶらりんにさせるだけの強力な引力がそこにあって、カラカラに乾いた喉はポカリスウェットをお預けにされ、宙ぶらりんになったポカリスウェットを追いかけていく他なくなって、そして私は一気に作品のなかに連れ込まれてしまうのだ。 こうした捉えどころのなさから生じる引力は冒頭だけでなく作品全体に漂っている(そう、地球さんの場合、言葉の引力は不思議なことに「漂う」のだ)。 例えば 「….生き死にを見せつけないでと断末魔。」 ときた直後に 「それから二人はアイスコーヒーを飲んだ。」 とくる。蝉を蹴飛ばしてしまう残酷な「やさしさ」だとか「いのちがおそろしい」だとか「生き死に」だとかなんだか凄惨なイメージが羅列されたかと思えばアイスコーヒーである。例えれば途中までバーベキューしたステーキ肉にちょうどいい感じで色がつき始めたころにいきなりアイスコーヒーをぶっかけるのである。塩や胡椒ではない。二人で飲むアイスコーヒーである。 「これが夏だというのか。」 空腹な胃がどんなにぐーぐー音を鳴らしても、夏の理不尽さの前ではもはやそう絶句するしかない。なんという説得力。「夏に感じた孤独」なのかなんなのか、それとも「あなた」との関係に感じる空洞なのか、あるいはただ単に今年の夏はめっちゃ酷暑だねっていうことだけなのかもしれないが、作者の感性がとらえた「摂氏37度」の温度感、その湿気、空気の匂いだとかそんなものを、その文章構造によって巧みにあるいは無意識に再現することで、読み手に(というか私に)それを追体験させることに成功している。 なにはともあれ、こうした吸引力のあるフレーズを作るのは私のもっとも不得意とするところであって、ひたすら嫉妬するばかりだ。冒頭に述べたごとく、大抵の作品は最初の数行しか読んでいないので、フルキュレーションしてこの作品を優良にプッシュできないのが少々残念である。
7月分選評 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 855.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
作成日時 2018-08-15
コメント日時 2018-08-16
地球さん おお、そうだったんですね!地球さんの作品のきっかけになれたというのはとても嬉しいです! 私の経験からすると詩が「うまい」人って最初からそれなりにうまくて、それは運動できる人って別に部活入ってなくても、なんなら普段まったく運動していないのにやらせると普通にスポーツ全般すごいみたいな感覚に近くて、地球さんにはそういう感じがあります。なのでとても羨ましいです。また作品楽しみにしておりますね(プレッシャーにならないことを願いつつ)。
0楽しむのが一番です!
0survofさん 選評について僕が感じたことを書きます。 地球氏の2作品の投稿作品のうち、「大阪のミャンマー」が僕の一押しでした。ところが、多くの評者はsuvofさんと同じく「摂氏37℃」の方が良いというのです。僕にはそれがうまく理解出来なかった。しかしながら、当選評を読んで納得しました。たしかに、冒頭の一節のインパクトは抜群に良い。それを汲み取られたsurvofさんの感性、いや、なぜにこの作品が良いのか?という批評文の巧さがあるのだと思いました。もう一つ云えば、私も個人的には一作品選に共感します。ビーレビの選評の第一義は、読者が気に入った一つの作品への熱を表すことだと思うからです。
0三浦さん コメントありがとうございます!「大阪のミャンマー」も人気ですよね。個人的には「〜ている」など同じ語尾の多用や、いとつひとつのフレーズがぶつ切りになることで生じる全体的なリズムの硬直が気になって(これはこれで大きな波のようなリズムがあるにはあるのです)今回論じたような吸引力が足りないように感じたぶん、作品の世界観に入り込むのに個人的にちょっとだけ苦労した、という点で私にとっては「摂氏37℃」のほうが好きです。構図の優れた絵画というのは視線誘導が優れていてなかなか目が離せません。地球さんは詩における「構図」にとても優れていると感じます。そして「構図」の優れた作品は「心理誘導」(?)がとても優れていて目がなかなか離せない、何回も読んでしまう。「大阪のミャンマー」ではそれが弱かった、と感じて、おまけに私の場合、書かれている内容はほとんど、まずその作品に釘付けにされてはじめて入ってくるので、言葉の意味から読解していくタイプの読者の方とは「よかった、、」と思う作品が大きく異なるかもしれません。 一作品選には一作品選ならではの良さがあってとても好きですが、特に今月はいろいろな方がフルキュレーションされていて、色々な作品を紹介する場合、選者のポリシーのようなものがはっきりと浮かび上がるという点でとても面白いと感じました。フルキュレーションもとても魅力的ですね。
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