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毛蟹×一杯
煮えたぎる鍋の中で 鮮烈に紅潮する外骨格を 隙なく覆った剛直な棘 そのなだらかな背にも、 四対の脚にも、鋏にも あれほど仰々しく尖った甲殻で鎧ったら 熱覚も痛覚もあるものかと 侮る連中もいるようだが 捕食者の皮膚に突き立つその棘、 痛みで身を護ろうとするものが 痛みを知らぬことなどありえるだろうか 重装甲の内側に押し込めた 真白く繊細なその身は 年を経るごとに膨れ上がり 苦しくて 脱ぎ替えて それでもまたすぐ一杯になって ほら、また泡を噴いた 脊椎動物として生まれた私の 厳重に庇護された内骨格は 誰に脅かされることもなく 滑らかな表面を保っているらしい ただその外に剥き出しの柔弱な組織は あまりにもたやすく傷ついて 傷つくたびに厚みを増して 脱皮もしないまま軽々しく肥大する けれど、いいや、だからこそ 皿の上で湯気を立てる脚の一本を 素手でもぎ取って 指先に喰い込むおまえの遺志を 私の痛みとして蓄積する 奥歯で噛み砕けば 唇の端にも舌先にも ささやかな刺傷を負うけれど たとえ血の味がしたって 喰うよ それが精一杯の供養だからね 初出 「詩と思想」2016年5月号
毛蟹×一杯 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1591.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-06-27
コメント日時 2018-07-17
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
はっきりと明示されて居ませんが、カニやロブスター、伊勢海老の類を食べている風景だろうかと思いました。 「たとえ血の味がしたって 喰うよ それが精一杯の供養だからね」 こんな最後にほっとします。それまでの詩表現が、状態を淡々と記述する風に思えたからです。もちろん途中には 「けれど、いいや、だからこそ」 こんな行もありましたが。 でもやはり二度読み三度読みすると脊椎動物の私。傷付きやすい柔和な皮膚など。何となく人間を食べているかのような錯覚にも襲われますね。ダブって来る。甲殻類の固い外皮。
0>エイクピアさん コメントありがとうございます! 意図したわけではありませんが、甲殻類(強硬な被食者)と人間(柔弱な捕食者)との対比が、前半と後半の詩表現の硬度に表れていたかもしれませんね。 何を食べているシーンなのかについては……明示していますよ(笑) タイトルもお見逃しなく! 生物として数える時は「1匹」なのに、食材として商品になると「1杯」と数えられる、あれです。
0生真面目に始める冒頭、全体の構成、切り返し、そこから他者の痛み、これから「喰らう」ものが蓄積してきたであろう痛み、に想いを馳せる。そして、単に感傷に陥るのではなく、エイクピアさんもコメントしているけれど、〈たとえ血の味がしたって/喰うよ/それが精一杯の供養だからね〉ここですよね・・・。 攻殻機動隊、の中に閉じ込められた若者たち、の意識は。そんなことも考えました。脱皮直前の、膨れ上がった肉体が、締め付けられる痛み、なんて、考えたこともなかった。毛ガニの毛は、触覚なんでしょうか・・・クラゲのかさの縁の毛、これが感覚器だといわれて、びっくりしたことがありますが・・・猫の髭のように、人間の髪の毛、一本一本に、きちんと感覚が伝わるような仕組みがあれば、どれほど鋭敏に生きられるだろう、と思ったり・・・それでも、敏感な人は、自身の体毛のそよぎで、気配を感じ取る様です。 脱皮もしないで、肥大化する人間(幼形成熟した哺乳類、とも)への視線も読み取れて、面白かったです。
0>まりもさん コメントありがとうございます! 毛蟹の毛(というか棘)の役割は、はっきりとはわかっていないようです。ハリネズミのように防御しているのだろう、というのが大方の推測ですが、砂を纏いやすくして水底で身を隠すためだという説も見かけました。 個人的には子どものころ、毛蟹の棘が痛くて食べるのが大変だったという印象が強く、本作では防御説を採用しています。 子どものころと言えば、小学生の時にテレビで「エビやカニには痛覚がない」というのを聞いてびっくりしました。近年この説は覆されて、何らかの苦痛(人間の痛みとは違う感覚かもしれない)は存在すると言われるようになりましたが。 もしも髪の毛に感覚があったら……鋭敏な人とそうでない人の差がはっきり出そうですね。私は固い髪質なので、鈍感かもしれません。
0蟹の棘の意味をあまり考えた事はありません。大半の人は中身を考えます。そして黙ります。そこをあえて声にする。 良かったです。
0>5or6(ゴロちゃん。)さん コメント(&フォローも)ありがとうございます! 蟹を前にすれば、詩人すら言葉を失う。まして毛蟹は、蟹の中でも身を取り出しにくく、一心不乱にカニスプーンで掻き出さなくてはいけませんから、御託を並べる余裕はないはず。そこをあえて言葉にしたのは、目の前にあったのが本物の毛蟹ではなく、毛蟹の写真だけだったからかもしれません。
0こんにちは。蟹を食べている時にそんなこと考えるもんか。というのは私自身のことです、すいません。けれども読んでいて、なるほど、ウンウンと思ってしまうのは、言葉による思考の構築が成功しているからだ、と思い至り、またしてもウンウン頷いている次第です。
0>藤一紀さん こんにちは。コメントありがとうございます! ご感想を拝見してから改めて読み返してみると、実は詩の中に描かれているのは、茹でて殻を噛み割るところまででした。 実際に食べ始めたら、思考が停止したものと思われます。
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