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シバ神
シバ神を涵養して 差のない世界を夢想すると 縄文時代にも バスケットボールは 行われていたかのように 思えて バッシューを注文した 助っ人のバワーズが 歌舞伎を救ったバワーズが 小公子のバワーズが 輝きだす 涵養したシバ神に電話すると 叔父さんの家にかかったのには 驚いたけれども 差のない世界の近さを 思った
シバ神 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1103.3
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-03-31
コメント日時 2017-04-01
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
まあ、それぞれのパワーズに関して分からない人はググれば良いとは思うのですが、個人的にシバ神と言えば成田美奈子の「CIPHER」を連想してしまう程度のワタクシであります。何もかもが平衡な世界においては、何もかもが当たり前の結末しかなく、それはとても退屈な日常ではないかと思うでありました。
0破壊と再生を司るシバ神を「涵養」(無理をしないでゆっくりと養い育てることという意味だが、むしろ原義である水が地面に染み込んでいくことから、世の事象すべてが破壊と再生のサイクルにあることを明確にすること、と読み取った)することでできたのが差の無い世界。紐の端と端を結んでしまえば終わりと始まりが無くなるよう、総てが輪廻の途中である。道教を思い出すな。 それぞれのバワーズも別々の者でなく、平行に存在した同じ存在であるのかもしれない。否、バワーズ同士がバワーズでなくバワーズ以外もバワーズであって何もかもが何もかもに繋がる。その証拠が叔父に繋がった電話だろう。 当初、この詩は面白さを感じなかった。バスケやバワーズといった語句が唐突で詩にまとまりを感じなかったからだ。ありがちな分裂気味の表現かと。とりあえず感想を書こうとしたら今度は詩がするすると入ってきて上記のような読み取りとなった。
0もとこさんコメントを有難う御座います。ああ、漫画作品でしたね、早速試し読みしてみました。「退屈な日常」ですか。何か退屈な話的な作品を夢想していしまいますが、仏教から見たらどうかなど、そういう観点から詩にできないかというアプローチも考えてみたのです。
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