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深海魚の王様
深海魚の王様は飲んだくれ 朝に昼に夜に踊り狂っている 本当は日や時間なんてわからない 光なんて言葉もしらない 王様は闇しかしらないのだから 自分も他の深海魚の姿も見ることができない そもそも見るということが理解できない でも王様は幸せだ 幸せだ 時間がわからないのだから 眠たいときに眠り、飲みたいときに飲み、 踊りたいときに踊り、歌いたいときに歌ったって だれからも非難されることはない 闇は光にひとしく暖かい あたたかい 見ることができなくても想像することはできる むしろ想像することのほうがよりよく見ること 深海魚の王様は飲んだくれ 疲れるまで踊って、飲んで、歌う 毎日毎日、踊って、飲んで、歌っている だけど ときどき深海魚のお姫様に怒られては、 しゅん、となっている
深海魚の王様 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 917.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-03-27
コメント日時 2018-04-02
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
投稿ありがとうございます。一読して思いました。極私的には前作より本作の方が好きです。なんといいますか、まったく的外れな感じ方かもしれませんが、本作には、海外の物語を和訳した時に発せられる空気があるかと。それは「王様」を使われていられるからかもしれません。王様って日本の歴史上では天皇とか将軍とか殿様であって王様から想起するものはヨーロッパ的なもので。 ただ、「しゅん、となっている」という表現。これは日本的な表現だと思うのです。なので、このフレーズだけが浮いていて、光っていると思いました。 ネガティブな感想を申せば、「深海魚の王様」へ感情移入するまで読み入っていけない感がありました。もしかしたら本作は、投稿され公表されている背景・文脈が必要なのかもしれません。行き場をなくしてしまった社会的な成功者、例えばワンマンな社長さんが本作を書かれている、となればまったく違った受け止められ方をするでしょう。そのような読まれ方が適当な読まれ方ではないと思いますが。逆に言えば、作品を読んだ読者に何らかの共感が生まれ、読者自身のバックボーンにシンクロするものであったとしたら、それはある種の普遍的な作品なのでしょう。そんなことを偉そうにも、考えコメントしてしまいました。
0三浦⌘∂admin∂⌘果実 様 コメントをいただきありがとうございました。
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