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フィラデルフィアの夜に Ⅴ
フィラデルフィアの夜に、針金が咲き乱れました。 フィラデルフィア、華やかな街。夜には光と喧噪に溢れ、不幸はまるで無いかのよう。 その暗い物陰の一角に、男がいました。 最後が一刻一刻と近づく男が。 物陰の闇には誰にも見られる事無く、忘れ去られているものが吹き溜まっています。 男はその一つです。 それは助けを叫ぶも、かき消された男で。 傷だらけの心と体を、さらけ出せなくて。 いつしか闇へ物陰へ、この世から捨てられるように。 出来るのはもう、凍える地面に病んだ身体をただ横たえるだけ。 「美しいものが欲しい。自分にふさわしい、誰も見たことのないような美しいものが欲しい」 男はもうろうとし始めた頭で願いを振り絞る。 辺りは汚いゴミばかりなのに、価値のないものなのに。 汚い闇に沈み込む、捨てられたのものばかりなのに。 しゃらん 音がします。 両手足から。四本の針金が跳んだ音。 それぞれの針金はがちりと周りのものにからみついていきます。 それは人の姿のようになりました。それは塔のようになりました。 それは十字架のように、それは花のように形作る。 次々に両手足から針金が飛び跳ね、次々に何の迷いもなく、ゴミに結びついていきます。 まるで何かに見えるかのように。 男が産み出していく。 男にとって美しいものが。その目にとって、すばらしい何かを。 しゃらんしゃらん 針金は止まらない。 男の最後の願いを叶えるかのように、速度を増してゴミに、価値のない物に絡みつく。 そして何かを、造形していく。 美しさを。 男はだんだんしぼんでいきました。 元々痩せこけていたのにさらに小さくなっていくのです。 男は幸せそうに縮んでいきました。 針金は次々に咲いていきました。 価値の無いつぼみが、美しく咲いていくように。 ずっと後のことです。 夜、自動車のライトが一瞬何かを照らしました。 青年はなんだろうと照らしたものに近づきました。 そこにはぼろぼろの服と多くの、人のような、塔のような、十字架のような、花のような、樹木のような、手のような、船のような、工具のような、寝台のような、犬のような、船のような、拳銃のような、凶器のような、胎児のような、文字のような、書物のような、杯のような、顔のような、砲台のような、車輪のような、木の実のような、鳥のような、様々なオブジェがあったのです。 数は千を超え、その一つ一つは青年の心を強く打ちました。 オブジェたちは多くの人に知られるようになり、世界中で開かれる美術展で不思議な感動を与えます。 これらを作ったのは誰なのか、一体どうやって、どうして作ったのか街中を探しました。 でもわからないまま終わり、数多くのオブジェは今日もどこかで咲き続けているのでした。
フィラデルフィアの夜に Ⅴ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 849.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-03-10
コメント日時 2018-03-19
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
針金で作られた彫刻(彫像)を見たことがあって、その不思議な質感(周りをぐるりと回って鑑賞すると、角度によって全く異なるものに見えたりする)が印象に残っているのですが、作者がこの造形作品を作っている時の心理を知りたい、その時の心境を体感してみたい、という気持ちにもかられました。 フィラデルフィアで起きた事件、その謎に触発されての連作だと思いますが・・・なぜ、作者はその「芸術作品」を作り出したのか、生み出したのか。創作過程で、何を感じ、考えていたのか・・・という部分に、作者の興味や関心が集中しているように思います。 自らの羽根を抜いて織物を織りあげる「鶴女房」のように、社会の翳が凝り固まって生まれたような「男」が、自らの翳を削り取りながら、針金のオブジェを突く出していくような印象もありました。 フィラデルフィアの事件、に限定することなく、画家や彫刻家などのアーティストの心性に迫っていくような、そんな方向性も面白いかもしれない、と思いました。
0まりもさん、こんにちは。 ネットを探してもフィラデルフィアワイヤーマンの作品はあまり多くは見つけられないのですが、独特の雰囲気、存在感がとても気になりました。 今回はより後にフィラデルフィアワイヤーマンと呼ばれた人物をイメージしています。 社会から外れた、それでも何かを作りたかった人物だったのかなと。 その他の作家と言える人の心に近づいてみるのも面白いですね。 考えてみます。円空とかいいかも。 花緒さん、こんにちは。 実はこの連作を書くきっかけになった作品を書き直したものです。 (当初は5年近く前に書いた「遺作」という作品でした) それでいままで投稿したものよりストーリー性が強くなっています。 連作の魅力は一つのテーマの多種多様な作品があることですし、こういうのもあるということです。 楽しんでいただけたのなら幸いです。
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