別枠表示
大蛇
順番が次第に近づいてくる 綺麗に整列しているけど この列の先の先 最後には一体何が待ち受けているのか 全く見当がつかないという夢を 連日のように見続ける 道の角を折れるとこが 不気味に感じられるようになって 真っ直ぐな道しかあるけなくなった男のはなし 彼は寄道や道草を嫌い 家を出て閻魔がいるような重い職場に真っ直ぐ向い 今日も舌を抜かれずに済んだと安堵して真っ直ぐ帰宅した 生きるためにはしかたがないことだ それを座右の銘にして 今日も寝床に着く また同じ夢を男は見ていた とても長い夢だが いつも列の先の先のことはわからず 何度角を折れても綺麗に整列したみんながずるずると何処かへ向かっていくだけ 自分の前にも後ろにも 遥かな道が続いていて 次第に彼は愉悦に浸っていく どこに繋がるかもわからない列の途中にいて きっと最後尾のことも もちろん先頭のことも 生涯わからないまま自分が消えるんだなと そのことを彼はとても面白がった 誰一人じゃましない 綺麗に整列した 真っ直ぐな道を男は行く 夢から覚めて家と職場を行き来しながら 確実に順番だけ近づいてくる なにを待ち続けているんだろう 巨大な目が大蛇を見つめている みんなで繋がった 道草ばかりしてる蛇だ
大蛇 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1085.3
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-03-09
コメント日時 2018-04-08
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
並ぶのは人生の慣い。整然とした人の列を蛇の胴体に見立て、その行き先は明確ではない、という入れ子状の夢の作品。道の角を折れる、とは話者の道徳感情や経済状況が許さない道(生き方)の暗喩と読めた。だから話者は「真っ直ぐ」にしか進めないし、「真っ直ぐ帰宅」することを尊ぶのだろう。 一方、「生きるためにはしかたがない」のような諦念。あるいは、「どこに繋がるかもわからない列の途中にいて」、「きっと最後尾のことも/もちろん先頭のことも/生涯わからないまま自分が消えるんだなと/そのことを彼はとても面白がった」のようなアイロニカルな視点。真っ直ぐにしか進めない自分への懐疑。真っ直ぐに生きる/真っ直ぐにしか生きられない。進むべきとしている道へのアンビバレントな感情も、あるいは、愉悦を惹起させる燃料でしかないのかもしれない。 「大蛇を見つめている」巨大な目の主は何者だろうか。「みんなで繋がっ」て、「綺麗に整列した」はずなのに、「道草ばかりしてる」のはなぜだろう。進む列(蛇)が死のメタファーなら、道草する蛇は遅延を表現している?なんの? 見当はずれを承知で、電車の人身事故を思った。人身事故とは元は隠語だったはずだが、今では礫死体を想起させる。おそらく見知らぬ誰かの死が、数多くの、おそらく互いに見知ることもない乗客たちそれぞれの「どこに繋がるかもわからない列」は、唯一確実に繋がっている終点のことを認識させる。 大抵の場合、人の死は自分にまるで無関係だ。自分の死さえ体験できるものではない。明日も明後日も、多分自分は、自分の家族や同僚は死なないことを前提に組み上げられていく日々は、悲喜劇みたいなものかも、と思った。
0